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2012年4月25日 (水)

哀愁の公園にも霧は降る

私は、30代のどこかで賃貸派に“転向”した。30幾つだったか、あまりの長い通勤時間にバカバカしくなって、買って左程年数を経ていない分譲住宅を売っ払って、23区内へ戻ってきた。それ以来一貫して賃貸派であり、持ち家が欲しいという欲求が湧いたことは一度もない。尤も、貧乏な時代が長かったから、欲のもちようもなかったのである。このことについては、気が向いたらまた触れることもあるだろう。

樹林亭に越すに際して、娘という関門を突破するためにあれこれ姑息な神経を使おうとしていたのだが、結果からいえば娘はすべてお見通しであったようだ。越す前に、内装、外装の装いを改めることから、ベランダ手摺りの取替え、風呂場のブラインドや洗面所の鏡の取替え、据付ガスコンロの全面取替えなど、オーナーは大工事を施してくれたのだが、それによって入居を決めてから越すまでに1ヶ月近くの時間を要した。後で知ったことだが、この工事期間中に娘はこっそり樹林亭の“検分”に一人で訪れていたのだった。その時どういう印象をもったか、私は聞いていないが、おそらくそのロケーションを確認した娘は、ここなら父親が即決しても仕方がないと思った、筈である。それを信じて疑わず、私は今やすっかりこの「終の棲家」に馴染み、階段の昇り降りに多少の苦痛を感じながらも文字通り公園の樹林に囲まれるような環境を気に入り、一人で悦に入って気ままに過ごしている。

京王井の頭線「井の頭公園駅」の改札を出ると直ぐ右手に、井の頭恩賜公園の入り口がある。勿論、この公園の周囲には幾つも自在に出入りできる場所があり、何もこの入り口にこだわる必要はないが、「井の頭公園入口」と書かれた「表札」が掛かっているのはこの場所だけである。この入り口の短い石段をとんとんと降りると、もう公園の木立の中へ入ってしまう。我が寓居へは、この石段を降りれば徒歩で1分もあれば辿り着く。

ある夜、この石段を降りて公園に入った瞬間に夜霧に包まれた。駅の改札を出る時は気づかなかったくらいなのに、公園に入った瞬間に夜霧である。木立の合間の常夜灯が、滲んでいる。次の瞬間、唐突に『哀愁の街に霧が降る』という、思い返すにも骨が折れるほど古い昔のフレーズが込み上げてきた。

1 日ぐれが青い灯 つけてゆく
  宵の十字路
  泪色した 霧がきょうも降る
  忘られぬ瞳よ
  呼べど並木に 消えて
  ああ 哀愁の街に霧が降る

2 花売娘の 花束も
  濡れる十字路
  のこる香りに あまく思い出す
  過ぎし日の あの夜は
  カラーフイルムのコマか
  ああ 哀愁の街に霧が降る

3 せつなくふるふる 身も細る
  霧の十字路
  窓を洩れくる 唄もすすりなく
  なつかしの ブローチ
  肌につめたく 沁みて
  ああ 哀愁の街に霧が降る

私の小学生高学年時代の大ヒット曲である。所謂「吉田メロディ」(吉田正)で、詩は吉田とのコンビが多かった佐伯孝夫。唄は山田真二と、はっきり覚えている。カラオケなるものが登場してからは、ずいぶんと謳ったものだ。「何?、それ!?」というのが、大概周りの反応であった。同年輩とカラオケへ行ったことはなく、若い子ばかりなのでこの反応は仕方がない。

これは、「ムード歌謡」と呼ばれたジャンルの代表曲の一つといっていい。因みに、「ムード歌謡」といえばフランク永井。カラオケ店にあるフランク永井の唄は、私はほとんどすべてこなれて唄うことができるのだ。

少年時代から、この唄を聞くと私は、哀愁の街には霧が降るんだ、という妙な思いに支配された。そう、霧は「哀愁の街」に降るのである。その霧は「泪色」をしている。白とか緑とか、そういう色彩ではなく、霧は泪色なのだ。そういう霧の降る夜は、窓から聞こえてくる唄もすすり泣くのである。草深い里山で、毎日泥んこになって遊んでいた少年が、これが「都会」なんだと痛切に感じた瞬間だった。

それから10年後(正確には11年後)、石原裕次郎『夜霧よ今夜もありがとう』が大ヒットした。これは、「ハマクラ」(浜口庫之助)ソングの代表曲の一つであり、私は大学生になっていた。

1 しのび会う恋を つつむ夜霧よ
  知っているのか ふたりの仲を
  晴れて会える その日まで
  かくしておくれ 夜霧 夜霧
  僕等はいつも そっと言うのさ
  夜霧よ今夜もありがとう

2 夜更けの街に うるむ夜霧よ
  知っているのか 別れのつらさ
  いつか二人で つかむ幸せ
  祈っておくれ 夜霧 夜霧
  僕等はいつも そっと言うのさ
  夜霧よ今夜もありがとう

これも「ムード歌謡」であるが、先の山田真二の方が素朴である。しかし、裕次郎の夜霧もやはり「街」を覆い、「しのび合う恋」を隠してくれるのだ。私の若い頃の夜霧は、都会にしか降らないものであったのだ。

世は移ろい、今、公園の木立を夜霧が包んでいる。「哀愁」さえ漂っていれば、武蔵野の樹林にも夜霧は降るようになったとみえる。

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