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2012年5月 4日 (金)

カテリーナがいて、ティンクェッティがいて・・・。

雨の憲法記念日、そして「みどりの日」。よく降った。

憲法記念日といっても、ほとんどの日本人にとって単なるGWのうちの1日に過ぎないであろう。今の憲法が施行されたのは、私が満1歳の誕生日を迎えようとする頃であった。私たちは、義務教育の中でその前文などは完璧に暗誦させられた。何せ、敵国のど素人(GHQ民政局)が急遽原案を作ったという代物、とんでもない悪文である。あのような悪文を有難がっている日本人の気が知れぬ。

5月は、若葉の季節である。「五月晴れ」の空に泳ぐ「鯉幟」。如何にも清々しいというイメージの季節だが、私にはどこか切なさを感じる時季でもある。

休日の午後、陽水をよく聴くが、陽水に『五月の別れ』という名曲がある。

♪風の言葉に諭されながら

別れゆくふたりが5月を歩く ~

数ある陽水のヒット曲の中で、私のもっとも好きな曲の一つは『青空、ひとりきり』である。

♪何かを大切にしていたいけど

体でもないし 心でもない

きらめく様な 想い出でもない

ましてや我身の 明日でもない

浮雲 ぽっかり浮雲 ひとりきり

結局陽水には、皐月、五月、若葉、青空などという言葉(単語やフレーズ)で語られる季節を、切ないものがもっとも切なさを発揮する季節だとする感性があるように思える。だから、この季節になると、また陽水が聴きたくなるのかも知れない。

陽水に手を延ばしかけて、ティンクェッティに変えた。陽水の「切なさ」は、五月晴れの青々とした晴れた休日にしか味わえないものだ。

ジリオラ・ティンクェッティ・・・勿論、『雨』である。

ジリオラ・ティンクェッティといえば「サンレモ音楽祭」である。昭和39年、16歳で初出場、『夢見る想い』で史上最年少優勝、一夜にして世界のスーパーアイドルとなった。この時、競った出場者には、ポール・アンカフランキー・レイン、そして、ボビー・ライデルベン・E・キングなどの錚々たるメンバーがいた。16歳の美貌と美声を備えた、イタリアの初々しい少女が、一瞬にして世界中の男の子を虜にしたのだ。イタリア代表がサンレモを制したのは、これが初めてであった。因みに、翌年のサンレモでは、フランス・ギャル『夢見るシャンソン人形』で優勝している。

イタリアといえば、やはり世界のスーパーアイドルであったカテリーナ・ヴァレンテも、もともとはイタリア国籍をもつアイドルであった。尤も、彼女はフランスのパリで生まれ、歌手として聴衆の前で初めて唄ったのはベルギーのブリュッセル、結婚してドイツ国籍を得ている。カテリーナ・ヴァレンテといえば、『マラゲーニャ』『そよ風と私』、そして『情熱の花』であろう。いずれも「ジャイアントヒット」と呼ばれる。『マラゲーニャ』は昭和29年、『そよ風と私』は翌昭和30年にドイツで収録されたヒット曲、日本ではザ・ピーナツでお馴染みの『情熱の花』は昭和34年に発売された。ザ・ピーナツによる日本語カバー盤、カテリーナのフランス語盤、ドイツ語盤も同じ年にリリースされている。「歌う通訳」といわれたマルチ・リンガル;カテリーナはドイツのデッカレコードから約90曲を発表しているが、もっとも多いのがフランス語、ドイツ語でそれぞれ50曲強、次いでイタリア語が30曲強だという。日本語でも4曲発表しており、フラマン語で6曲、英語でも4曲リリースしている。

ここで、平成日本の人びとは、英語が主流ではなかったということに違和感を感じられるかも知れない。振り返れば、今の人びとは気の毒である。80年代バブル期から我が国では世界=アメリカという感覚が「常識」として定着した。洋画といえばハリウッド映画しか入ってこなくなった。私のいう「ユーミン世代」にとっては、「オレンジシャワー」を浴びてアメリカナイズされることがカッコいいことであった。音楽も映画も、何でもアメリカ一辺倒。そして、「グローバリズム」の大合唱。挙句の果てに、アメリカンスタイルというものが破綻しても、既に歳を重ね、「ユーミン世代」も40代後半から50代前半にさしかかっている。今更、柔軟に舵を切ることができない。かくして、長い時間軸を以て歴史的事象に触れるという経験をもたず、若い世代に迎合することでしか若い世代とコミュニケーションがとれない実(まこと)に奇妙な「中年」層が社会の中核を占めるようになった。

60年代、70年代という時代は、映画にしても音楽にしても、アメリカ一辺倒ということは全くなかった。映画にしても、フランス映画、イタリア映画は勿論、ギリシャ映画やスウェーデン映画からイラン映画と、選択肢が多かった時代である。ハリウッド映画というと、むしろ“軽蔑”されることも多かった。お決まりの活劇を楽しみたい気分の休日は、ハリウッド映画を選べばいい。しかし、多少でもカッコつけたい相手と映画を観るとなると、ほとんどがフランス映画かイタリア映画となる。私どもの世代なら、例えばフランス映画『赤い風船』(昭和31年、アルベール・ラモリス監督作品)とか、イタリア映画『道』(昭和29年、フェデリコ・フェリーニ監督作品)、仏・伊合作映画『太陽がいっぱい』(昭和35年、ルネ・クレマン監督作品、アラン・ドロン)などの何らかの影響を受けなかった者は少ないのではないか。絵本作家;いわさきちひろ『あかいふうせん』(昭和43年)は、上記映画をモチーフにした絵本集であり、ジャン・コクトーが『赤い風船』を「妖精の出てこない妖精の話」と評したことは余りにも有名である。最近では、バンクーバ冬季オリンピックで男子フィギア;高橋大輔が初めて銅メダルを獲った時の音楽が『道』の主題曲(ジェルソミーナ)であった。アラン・ドロンという外人部隊出身の稀代のハンサムな俳優と『太陽がいっぱい』のもたらした社会現象については、触れるまでもないだろう。

因みに、私のもっとも好きなイタリア映画は『天使の詩』(昭和41年、ルイジ・コメンチーニ監督作品)である。公開当時だけで、何度も映画館へ足を運んだものだ。

カテリーナ・ヴァレンテがいて、ジリオラ・ティンクェッティがいた時代。フレンチ・ポップスでは、フランス・ギャルがいて、シルヴィー・バルタンがいた。アストラッド・ジルベルト『イパネマの娘』で「レゲエ」という新しい音楽を世に示した。勿論、リトル・ペギー・マーチも、ブレンダ・リーも、ペギー・リードリス・デイも、アイドルだった。選択肢のある時代こそ、自由を実感できる幸せな時代である。今となっては、そのことは能動的に努力するしか手に入らないのだ。そして、それをやるかどうかは、ひとえに知力の問題であるという気がする。

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