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2007年8月29日 (水)

参謀本部と統帥権(其の三)

この小シリーズの最初に、河本大作(こうもとだいさく)・石原莞爾(いしわらかんじ)・辻政信(つじまさのぶ)の三人を挙げ、日本人自身の手で裁くべき対象であると述べた。

戦勝国が敗者の中から誰かを選び、それを犯罪人として裁き、自国を正当化することには何の意味もない。従って、アメリカが誰を「A級戦犯」と呼ぼうが、それはアメリカの勝手であり、私たちがそれを認め、服従する必要は全くない。そもそも、アメリカに裁く資格があったかどうかが大問題である。

戊辰戦争に於いて、薩摩・長州が会津を落とした時、誰に腹を切らせるかが問題となった。

この問題だけで勝者と敗者との間でかなりの折衝があったが、最終的に会津藩を代表して、「官軍」となった薩摩・長州に対してその責任を一身に負って腹を切ったのは、藩主・松平容保でも一番家老・西郷頼母でもなく、四番家老・萱野権兵衛である。

松平容保は江戸にて謹慎、会津藩は、斗南3万石へ転封となって「始末」を終えた。

薩摩・長州、特に長州藩兵の会津城下での強姦・虐殺行為は戦国時代以降の歴史の中でも特に酷く、このことは今なお尾を引いているが、公式には薩摩・長州は、この「始末」で事を収めた。それは、萱野権兵衛を「血祭りにあげる」という感覚ではなかったのである。

アメリカによる「A級戦犯」の指定と処刑は、どちらかと言えば「血祭りにあげ」て、「見せしめにする」というものであり、私たちが大東亜戦争から学ぶべき後世の平和に寄与する教訓を考えるに際しては、これに目を奪われてはいけない。

上記三名の高級参謀は、国家・国民に対する犯罪人として私たち自身が処分すべき対象であり、それを終えない限り大東亜戦争の「始末」を終えたことにはならない。

この三名を知らない人の多いことに呆れるが、河本大作(大佐・関東軍参謀)は、昭和36月、南満州鉄道線路上で張作霖を爆殺した人物である。

河本が計画立案し、独立守備隊・東宮鉄男大尉、朝鮮軍・桐原貞寿中尉たちを指揮して実行したことが明白になっていたにも係らず、河本は予備役に回されるだけという軽微な処分で済まされ、関東軍内部にはむしろ「よくやった」的な気分が存在した。河本は、3年後には何と参謀本部に復帰している。

石原莞爾(陸軍中将・参謀副長)は、河本が張作霖を爆殺した4ヵ月後に関東軍の作戦主任参謀となり、3年後に満州事変を「実行した」人物である。

彼は、『最終戦争論』や『東亜連盟』で一部に著名であり、日支事変の際には不拡大を唱えたことや、東條英機と一貫して対立したことで評価されることがあるが、見誤ってはいけない。(アメリカが石原をA級戦犯としなかったのは、確かに、単純に東條と対立したからである)

石原は、日蓮宗系の新興宗教「国柱会」の熱心な信者であり、「国柱会」は、「立憲養正会」という政治団体を設立して政権奪取の野望をもっていた。石原の思考軸は、「国柱会」の思考軸そのものであることを忘れてはならない。彼は、戦争というものを「正法流布の戦争」と捉えていたことを無視してはいけない。陸士第21期、陸大30期のこの男をして「陸軍史上最大の戦略家」などと評する歴史家がいるが、どこを見ているかとその愚を指摘しておきたい。

因みに、石原に師事した者に、極真会の創設者・大山倍達、元建設大臣・木村武雄、小澤征爾の父・小澤開作などがいる。また、加藤絋一衆議院議員は親戚に当たる。

石原莞爾の側近でもあった辻政信の罪は、上記二名の比ではない。

この男一人によって、日本国家は大きな過ちを犯した国家という烙印を押されることになったと言っても、決して過言ではない。

陸軍士官学校事件、ノモンハン事変、シンガポール華僑虐殺事件、バターン死の行進事件、ポートモスビレー及びガダルカナル作戦の稚拙な無謀作戦遂行、タイ国王ラーマ8世暗殺事件等々、その謀略及び独断専横による被害者はどれほどの数にのぼるか。

数だけの問題ではない。日本史は、この男によって汚された。

この男は、ベストセラーとなった『潜行三千里』(毎日新聞社刊)をはじめ、多くの著書を残したが、嘘が多いことを断言しておく。1954年(昭和29年)のCIA文書は、辻を称して「第三次世界大戦さえ起こしかねない男」と記述している。昭和29年と言えば、戦後9年も経っている。私は、小学生だった。

実はこの男は、戦時中多数の日本軍兵士をも死に追いやりながら、戦後、衆議院議員を四期、参議院議員を一期務めているのだ。この国家犯罪人を議員として選んだのは、旧石川1区である。戦後日本人は、この男を裁くどころか、選良として国会に送っているのである。

司馬遼太郎氏は、ノモンハン事変の資料を大量に収集していたが、遂に書かなかった。「余りにも汚くて、書く気になれなかった」のである。この事変は、辻が勝手に作成し、関東軍司令官の名で独断によって布告した『満ソ国境紛争処理要綱』によって引き起こされたものである。東京の参謀本部が電報で「中止」を命令したにも拘らず、辻はこれを無視し、「作戦続行」との返電を打ち返した。その電文決裁書の課長・参謀長・軍司令官の欄には、全て辻の印が押されている。この国家的越権行為は、陸軍刑法の檀権罪(せんけんざい)に当たる重罪であり、即刻処刑の筈である。

対英米戦争開始時の陸軍の作戦は、殆ど全て、辻・服部卓四郎・田中新一ラインで策定されている。(服部は戦後昭和27年、吉田茂の暗殺を図った人物) 当時、「マレーの虎」と称された第25軍司令官・山下泰文は『この男、矢張り我意強く、小才に長じ、所謂こすき男にして、国家の大をなすに足らざる小人なり。使用上注意すべき男なり』と日記に記している。

辻のことは、これ以上書きたくない。反吐(へど)が出そうである。しかし、どこかで顔を背けることなく彼の罪業を整理することこそ、私たちの責務であろう。

辻は、昭和364月、東南アジア視察の名目で日本を発ち、ラオスで消息を絶った。イギリス軍による暗殺、CIAによる暗殺、パテトラオによる処刑などの諸説があるが、真相は不明である。エジプトでナセル大統領の顧問になったとの説もあるが、ナンセンスである。

失踪期間中も彼の参議院議員資格は、昭和40年の任期一杯まで保たれ、裁判所が昭和437月付けに遡って死亡宣告を出したのは、私が社会人になった昭和44年のことである。

辻の命令系統を無視した専横によって窮地に陥った部隊、壊滅した部隊は数知れず、その責任をとって自害した指揮官は多い。何よりも多くの兵士が「犬死」した。

一方で、辻だけでなく、石原も河本も、戦後まで生き延びている。

辻も陸士を主席で卒業しているが、昭和陸軍とはこういう人物が重きを為すことが出来た組織だったのだ。

師団単位で言えば、この男のルーツは第9師団(金沢)であるが、それは私の父親のいた師団でもある。(連隊が違うのが、せめてもの救いである)

三名の国家犯罪人を生んだ参謀本部とは、本来は高級指揮官の作戦指揮を補佐する為の合議機関である。

ここで言う高級指揮官とは、師団長・旅団長・連隊長・大隊長を指す。そして、軍事組織に於ける指揮系統とは厳しく単一であることが大原則であり、参謀本部には一切の指揮権はない。

日本では、昭和に入ってからは「参謀本部」とは陸軍の参謀本部であり、海軍は「軍令部」がそれに当たる。

どの国家でも、民族の特質は陸軍に於いて顕著に顕(あらわ)れる。司馬遼太郎氏が「奇胎」或いは「鬼胎」と呼んだ昭和初期の20年間とは、参謀本部が憲法に違反し、統帥権を私して専横を極め、日本的倫理観を完璧に放棄したという点で、まさに「奇胎」であり、そこには長い歴史をもつ民族としての連続性が見出せない。

一方の海軍というものは、どの国でも一定以上の軍事機能をもつ海軍を保有することが不可能である為、自ずと国際的に標準化され、特に日本の場合は陸軍とはまるで異民族のように「国際性」を備えていた。但し、やはり昭和海軍の軍令部は、陸軍参謀本部の狂気が伝染していた部分がある。

昭和161212日の閣議決定がある。

『今次の対米英戦争及今後情勢の推移に伴ひ生起することあるへき戦争は支那事変をも含め大東亜戦争と呼称す』

つまり、大東亜戦争とは中国戦線をも含む呼称である。

因みに、宣戦布告のあるものを「戦争」と言い、それがないものを「事変」と呼ぶ。従って、「日中戦争」なる戦争は存在しない。

なお、アメリカサイドでは『第二次世界大戦太平洋戦線』と呼称する。

満州・北支で私的動機、私的欲求によって、憲法を無視して戦争を企図し、実行に移した上記代表三名を、大東亜戦争に関わる国家犯罪人と断罪する所以である。

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コメント

お立ち寄りいただき、ありがとうございます。
今のうちに、はっきりさせておかなければならないことが沢山あります。一つでもそれをやっておくことは、僭越ながら「世代の責任」の一つではないかと・・・。
また気が向いた時にでもお立ち寄りください。
休日なしで“営業”致しております。

通りがかりですm(_ _)m
石原莞爾・河本大作は知っていましたが、辻政信というのは知りませんでした。
大変勉強になります!
また寄らせて頂きます!!

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