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東京のカラス

東京の冬空は、青い。濃密に青い。

このことは書籍版にも書いたが、近江・湖東地方に育った田舎者にとっては当初これが珍しく、驚きでもあった。40年も経った今は、11月ともなると、連日続くこの冬の青天が待ち遠しい。昨年末から続く、東京の冬空らしい真っ青な空は、誠に「祝着至極」としか表現のし様がない。

四階に位置する芦花公園の寓居・玄関戸前の広い隣家の敷地は、つい先だってまで緑に覆われていたと思うのだが、俗世の混乱に気を奪われている間に、紅葉を経ていつの間にか、また枝だけに変貌した。盛り上がる緑に遮られて隠れていた甲州街道旧道が、完璧に見通せるようになっている。遠く、家電量販店の屋上看板らしきものまで視野に捉えることが出来るようになった。

季節が一巡りしたのだ。

先日、例によって朝刊を取り込む際、ドアを開けると、隣家のドア前の通路の手摺りに対のカラスが留っている。私との距離、67メートル、いや、そんなにないかも知れない。手前の一羽が、私を凝視している。当然、私も見返す。

断っておかなければならないが、私は、東京のカラスとは永年敵対してきた。これも東京へ出てきて以来であるから、抗争40年の永きに亘る。前の住まいの時にも、電線にカラスを見ると、原則として小石を投げた。時に、真下まで近づき、小石を投げるフリをして脅かした。

周知の通り東京のカラスは、人間の飽食の余禄に与(あずか)って不必要に肥え太り、その体躯を維持する為に益々カロリーを求めて凶暴化してきたのである。常に当方が許していないという態度を示しておかないと、今後も更につけ上がること必至であると思われる。ゴキブリとマムシは、視野に入れば殺すのが鉄則であり、東京のカラスは、見れば石をぶつけるのが、我々の生活空間の清潔・安全を維持する上での基本である。東京の人類がこれを怠るから、東京のカラスは気分が益々増長し、身体まで並行して巨大化するのである。

思えば、50年前の田舎のカラスは、まるで別の生き物であった。もっと小さく、色も茶色に近い黒のものが多く、もっと高い上空を飛ぶ。人間の余禄に与ろうなどという不心得をもっていなかった。更に言えば、もっと謙虚に存在していた。

空が茜色に染まる夕刻、上空高く母カラスを先頭に子が34羽、真っ直ぐに一列縦隊となって、神社奥山の塒(ねぐら)へ帰っていく。それは、「また明日!」と声をかけたくなるような、平和な、長閑な光景であった。尤も、小さい声では届かないような、高い上空を飛んで帰るのだ。大声で呼びかけなければ、カラスとは友達になれない。

有名な『七つの子』という童謡がある。

烏 何故啼くの

烏は山に

可愛い七つの

子があるからよ

可愛、可愛と啼くんだよ

山の古巣に

行って見てご覧

丸い眼をした

いい子だよ

(大正10年発表 著作権は既に消滅している)

野口雨情作詞、本居長世作曲。日本で最も有名な童謡の一つである。改めて述べるまでもなく、野口雨情は、北原白秋西條八十と並んで「童謡界の三大詩人」と謳われている。『十五夜お月さん』『赤い靴』『雨降りお月さん』『証城寺の狸囃子』等々、その“代表作”だけを挙げてもキリがない。出身地;茨城のJR磯原駅では、『七つの子』が発車メロディとして使われているという。

ここに謡われているカラスが本来のカラスであり、即ちそれは、私が幼い日々に見慣れていたそれと同じである。母カラスに従って塒へ急ぐカラスの子は、みんな「丸い眼をしたいい子」だったのである。

話は、荒(すさ)んだ平成の東京に戻る。

私を見詰める手摺りのカラス。東京のカラスの目にしては、まだ多少の品がある。「丸い眼をしたいい子」の名残りがあるように見えた。何だか、いつもの闘争心が湧いてこない。どうするか・・・と迷っていると、対の1羽がパッと飛び立ち、当方のドアの真ん前にある古木の、先がドア前の通路にまではみ出している太い枝に乗り移ったのだ。新聞片手に、もう一方の手をドアノブにかけたまま迷っていた私の傍へ移動したのである。私からの距離、約2メートル。わざわざ何を思って私の傍へ移動したのか。親愛の情を示したいのか、それとも戦いに来たのか。この距離なら、一瞬飛び込めば、新聞で頭を引っぱたけなくもない。しかし、どうも私に闘争心の湧かない、間抜けた目線を私に投げている。

こちらからは見えないが、近くに建っているマンションから誰かこの光景を見ているかも知れない。そのマンションは、居室の窓がすべてこちらを見る造りになっているのだ。だとすると、やるなら失敗する訳にはいかない。一撃で勝利しないと、無様である。また、しばらく迷った。

そして、ふと感じた。これは、ヤツの作戦ではないか。親しげにして、何か別の目的があるに違いない。だとすれば、今更当方が親愛の情を示す必要は微塵もない。私は、今日もいい冬空だな~という風情で、まだ薄い青の朝空を悠然と眺めておいてから勢いよくドアをバタンと閉じて家の中へ入り込んだ。

翌朝、ほぼ同じ時刻に新聞を取り込みに出たら、ヤツの姿はなかった。所詮、東京のカラスである。やるなら、最低でも三日くらいは続けるべきである。三日連続して同じ態度でこられたら、こちらも或いは考えるかも知れない。

かくして、私は依然として東京のカラスに対する闘争心を維持している。

余談だが、童謡『七つの子』について昔から一つの論争がある。「七つ」の解釈について、これを「七羽」と理解するのか、或いは「七歳」が正しいのかという、他愛がないといえば他愛のない論争なのだが、真面目に考えるとこれは若干深刻なテーマだと思うのだ。カラスは、七羽も子を産まないからである。そして、カラスの「七歳」とは、もはや「子」とは言えない。私が幼い日に見ていた、塒へ帰るカラスの母子の一列縦隊も、大概子は三羽か四羽であった。雨情先生は、七羽の一列縦隊をご覧になったのだろうか。「七歳」という解釈は無理があるのではないか。カラスの年齢など、獣医(カラスは鳥だが)でも分からないのではないか。「これは詩である」という前提に立っても、「七歳」は却って考えられない。

『七つの子』の「七つ」は、一体どういう意味なのか。雨情先生は、終戦の年に終戦を待たずして亡くなっており、もはや確かめようがない。

更に余談に属するが、このブログを書いている途中で『七つの子』の歌詞の一部に自信がもてなくなって、近くの若い女性スタッフに訊いたのだ。すると、驚くべきことに、

『七つの子って、なんですか?』

と、しゃあしゃあと聞く。出だしを唄って聞かせても、知らないとのたまうではないか。その子は20代前半で、今の20代とはそういうものかと嘆息しているうちに30台前半の男が帰ってきたので、同じことを訊いたら、やはり、知らないと威張っている。

更に、その二人が声を揃えて唄って言うには、

『カラス 何故啼くの カラスの勝手でしょ♪』

は、知っていると言う。それって、八十年代前半に世間から轟々と非難を受けた、ドリフターズの替え歌ではないか! この二人は、何事につけものを聞く相手ではなさそうだ。

一体、今、学校の音楽の時間にはどういう音楽を教えているのか。念のため、今度40代と50代にも聞いてみようと思っているが、50代でも知らなかったら、私はどうすればいいのか。東京のカラスがのさばるのも、こういう連中が東京人類の大半を占めるようになったからだろう。

暗澹たる思いに襲われ、いつもより多少短いのだが、これ以上書く気が失せた。

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コメント

いえいえ、9歳の娘と一緒に歌ってますよ~!後世に残るべき名曲ですね。


かえって、今の子どもたちは歌えるような気がします・・が、思い込みでしょうか?
今度、身近な子どもたちにアンケートを取ってみます。「か~ら~す~♪」とふったら、後何と続けるか。
「勝手でしょ~」だとしたら・・・ドリフを讃えたいと思います・・笑

投稿: 陽子 | 2009年1月15日 (木) 14時44分

歌ってますか!? それは、それは・・・感服致しました。
アンケート、是非お願い申しあげます! 野口雨情VSドリフ! 多勢に無勢とはいえ、雨情先生の底力を信じているのですが。
このブログを書きましたら、この数日、何人もの知人に冷やかに笑われているのですが、私は東京のカラスには負けません!!

投稿: 伊織 | 2009年1月16日 (金) 02時16分

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