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2010年10月11日 (月)

ほとぼり冷めた頃に

根が球技好きなので、かつては時々スポーツネタを採り上げていたのだが、益々敵を増やすことになるだけなので遠ざかっていた。同時に、白熱したプロ野球にも、サッカーW杯にも殆ど興味が湧かなかったこともあって沈黙を守ってきたが、MLBを含めて野球シーズンも終わりに近づき、サッカーは新監督を迎えて新しいステージに進む直前だ。ほとぼりの冷めた話題も増えてきたので、今なら良かろうという軽い気持ちで今回も横道へ逸れる。

■サッカーW杯で日本代表は「大健闘」した(そうである)が、私には期待外れが多く、実に残念な大会であった。あれだけバラバラなチームが、つまり戦術も技術も何もあったものではないというチームが、よくまあ予選リーグを突破したものだ。幸運であったことを喜んでいる。もうがむしゃらに守るしかないという状況でも、一生懸命やればお天道様は見捨てないということであろう。日本が初めて五輪サッカーへ出場した時、大変なことをやってしまった(1936年、ベルリンオリンピック)。この“事件”は、世界のサッカー史上最大の番狂わせとして、「ベルリンの奇跡」と呼ばれ今も世界のサッカー通の記憶に残っている。ガチガチの優勝候補;スウェーデンを破ったのである。勿論、戦前のことであるから、私はその一部をフィルムでしか見ていない。この時の日本も、ただがむしゃらにやった。現地へ着くまで3バックシステムによる新しいフォーメーションを知らなかったぐらいで、それしか手はなかったのである。どうやらお天道様はこういうのがお好きらしく、これが今なお世界のサッカー史に残る史上最大の大番狂わせを呼んだ。スコアは、確か32。逆転勝ちだったと記憶している。今回の日本も、ただがむしゃらにやった。今回も、それしか手はなかったのである。何故なら、既にチームは壊れていたから。対スウェーデンでは、まだチームができていなかったから「がむしゃら」しかなかったのだが、今回のそれは方向が逆の「がむしゃら」。ただ、勝負事は結果であるからとにかくめでたいと言わねばならない。

■それにしても、日本選手は何故トラップができないのだろう? サッカーの基本中の基本はトラップである。トラップができてはじめてボールを蹴ることができるのだ。本田にしても岡崎にしても、もう「昔の人」だが、柳沢、高原、鈴木、西沢・・・皆、同様。MFに至るまでトラップが下手だから、日本チームのパス回しというのは非常に“汚い”。これが、プレミアやリーガ・エスパニューラとの決定的な違いではなかろうか。カメルーン戦の本田の得点シーンなども、ドタバタしていた。まぁ、W杯というような戦いでは汚くても下手でも、結果が大事だから良しというところか。先日のアルゼンチンとのフレンドリーマッチに於いても、ポストになる時、本田は「普通より長い瞬間」立ち止まってしまうものだから、相手ディフェンスにボールを奪われそうになり、それが偶々(たまたま)攻め上がって来た長谷部の前へ出て、彼のミドルシュートに繋がったという次第。最後を締めくくったのは岡崎だが、あれは「外せ」という方が無理であろう。スポーツニュースのキャスターは、『本田が起点となって、岡崎が~』と興奮していた。

■本田といえば、一躍「英雄」になって日本のスポーツメディアは大騒ぎをして、ACミランや果てはレアル、バルサーからオファーがくるような書き方をしていた。あれには、正直驚いた。ああいう技術レベルでミランでもバルサーでもオファーを出すの? というのが正直な感想であった。本田の「鈍足」には定評がある。従って、見れば分かる通りプレー全般にスピードがない。技術がなく、スピードもない選手にレアルがオファーを出すか!?

現に、本田は今もロシアリーグでプレーしていることは周知の通りである。「ファインセーブ連発!」の川島は、かなりレベルは落ちるがベルギーリーグへ行った。頑張って欲しい。日本のゴールキーパーは「弱い」というのがヨーロッパでの定評だが、川島はオランダ戦で真っ正面のシュートを止められなかった。あのシュートは確かに威力があったが、彼らは本気モードのゲームでは普通に、当然、あれぐらいの球は蹴ってくる。真っ正面の球をはじかれるようでは、どうしようもないだろう。それはJリーグのレベルでは今は仕方がないと諦めたとしても、彼の決定的な弱点はゴールキックの成功率が極端に低いことである。その数字は、今回のW杯出場32カ国のGKの中で最低レベルである。殆どを本田をターゲットとして蹴っていたが、受け手が下手なことは川島には気の毒であったが、蹴る川島の精度そのものにも問題があった。ベルギーへ行ってから川島本人が「GK観が変わった」と言っているのは、この点のことを言っている。最もひどかったのは、パラグアイ戦のPK戦。あれだけ「ギリギリまで我慢する」ということができないとなると、蹴る選手は楽である。特に、最後の一人に至っては、蹴る選手が助走を始めるや否やもう動き出し、しかも腰砕けになっていたから、蹴る瞬間には既に座り込んでいた。PKを蹴る選手は、蹴る方向を「必ず一度」見る。その「一度」がいつの、どの視線なのか。これを察知することがPKを止めるということである。つまり、レフリーの笛が鳴る前に止められるかどうかは決まっている。川島がこの勝負に勝っていたら、あのように焦った動きにはならない筈だ。彼は、「必ず一度」の視線をキャッチできていなかった。

■ドルトムントでいきなり大活躍している香川は代表に選ばれず、代表のサポートメンバーとして同行させられた。つまり、代表選手の練習の時に必要な「練習台」としてW杯に連れて行かれた。この選手は、確かに動きに「切れ」があり、ユース時代の本山を彷彿させる。ザッケローニも言う通り、ヨーロッパサッカーというのは非常に反則が多い。全てに笛を吹いていたらゲームにならない。フィジカルと称して体力に頼るからである。そのフィジカルという面で言っても、ブンデスは日本人には特にキツイだろう。まだリーガエスパニョーラの方がマシだと思われる。そういう中で、あれだけの「切れ」を見せてペナルティエリアへ切れ込んでくるのだから、ドイツ人が驚くのも無理はない。ブンデスではかつてケルンで活躍した奥寺氏が「東洋の狼」と恐れられた。彼は、ドイツサッカーの伝統である「サイドをえぐる」スピードが素晴らしかった。今でもケルンのクラブハウスには奥寺氏の写真が掲示されており、その栄誉が称えられている。香川は、第二の奥寺になれるかというと、まだ線が細く、そこまで期待しては可愛そう、という気もする。いずれにしても、今の香川はW杯時点と特段何も変化しておらず、この選手が何故代表に選ばれなかったか、不思議なことである。

フレンドリーマッチのアルゼンチン戦のことはともかく、ザック・ジャパンの戦いはアジアカップから始まる。カティナティオの国から来たこの監督が意外に攻撃的なことに驚く向きもあるが、これもおかしなことだ。この球技は、たくさん点数を獲った方が勝ちなのだ。

MLBではイチローが10年連続200本安打、ということだが、今年はとにかく不調だった。31分台を維持するのにキュウキュウだったことが、そのことを如実に示している。クリーンヒットがやたら少ないのも、今年の特徴である。逆に、三振が多く、相変わらず四球が少ない。内野安打だけは、相変わらず「異常に」多い。(25%前後。一般的な打者は10%弱というところ) 彼の内野安打の多さについては、常にいろいろ論議が起こる。しかし、実績とは恐ろしいもので、ここまで来ると「イチロー」という顔で(名前で)、エラーと記録されてしかるべき内野ゴロも公式記録員が「ヒット」としてしまうことも、特に今年は多かった気がする。MLBと日本のプロ野球の差はいろいろあるが、例えば外野手の守備のレベルは日本のプロ野球の方が遥かに高い。MLBの外野手の弱肩は今に始まったことではないが、そこへ中継プレーの基礎ができていないとくるから、外野手からのバックホームなんて見ていられない。恐らく、日本の強豪高校チームの方が上である。更に外野手は、守備位置に鈍感な選手が多く、加えて外野フライに対しての最初の一歩が遅いから、派手なダイビングキャッチが多くなる。中には、ダイビングキャッチこそが美技だと錯覚している選手が結構いるようだ。ライトという守備位置の影響もあるが、イチローが頻繁にダイビングキャッチをするか? この問題は、日本のプロ野球でいえば、サード;長島とショートストップ;広岡の差、その広岡と同じショートストップで「牛若丸」の異名をとった吉田(阪神)との差と同じテーマなのだ。言うまでもなく、長島や吉田の方が一般には受ける。MLBのレベルが日本のプロ野球より絶対的に高いのは、内野手の守備力である。こればかりは、どうにもならない。上半身の筋力が全く違うので、テレビで見ていてもほれぼれするプレーを平気で毎日やってのけている。松井(稼)や岩村が彼らに伍していこうとしても、それは無理なのだ。私は、レイズ時代の岩村という選手は好きなプレーヤーであったが、メジャーではセカンドが精一杯となる。松井(稼)も結局はショートストップでは通用せず、セカンドへコンバートされ、それでもギリギリという線で頑張っているのが現状である。こういうハイレベルな守備力を誇る内野手を相手に、イチローは内野安打を量産している。つまり、今のイチローは、日本で210本を打った時のイチローではないのだ。遥かに高いレベルに達していると言えるのではないか。ただ、今年に関しては、日米の諸環境の違いを無視するが、試合数を考えれば、マートン(阪神)の方がヒット数は多く(142試合で214本)、打率は勿論マートンや西岡、青木の方が遥かに高い。そして、マートンのヒットは、殆どバットの真芯で捉えている。むしろ、イチローに関して称えるべきは、160試合全試合全イニングに出場したことであろう。勿論、マリナーズにこんな選手はいない。日本とは比較にならない移動距離を考えると、これこそが「偉業」ではないか。

■日本では、パシフィックのクライマックスシリーズが始まり、リーグ戦終盤の勢い通りロッテが順当に勝ち上がった。交流戦というものが始まってまだ日にちは浅いが、今年の交流戦は周知の通り、16位までをパシフィックが独占し、セントラルのチームは712位という明白な結果となった。即ち、セリーグの首位はパリーグの最下位に勝てないということである。まるで、サッカーのJ1J2みたいであるが、投手力のレベルにかなり差があるのでJ1J2という喩えは単なる喩えでは終わらない。交流戦ともなると決して短期決戦とは言えないので、セリーグのレベルが低いという現実をセリーグのコーチを含む指揮官たちやフロントが、素直に受け入れて対策を講じないと、来年もまた同じことが起こるだろう。ところが、クライマックスシリーズや日本シリーズは短期決戦である。短期決戦の戦い方を間違えなければ、違った結果を出すことができる。たちまちレギュラーシーズン上位の西武がロッテに連敗したが、敗因は渡辺監督の投手起用の失敗、この一点に尽きる。両チームは2試合で22イニング戦ったが、最初の8イニングまでとそれ以降は全く別のゲームになっており、それは投手起用の失敗がもたらしたものであることは素人が見ていても明らかであろう。セリーグでは阪神が8月のある時期から藤川を8回から登板させるという、まるで残り23試合しかないというような使い方をした。確かに激しい鍔迫り合いが続いてはいたが、阪神の残りゲームはその時点でまだ10数ゲームと、競り合っている3チームでは最も多く残しており、何も「この世の終わり」みたいに焦る時期でも何でもない。こういうことをやれば、「非常事態!」とか「一戦必勝!」とか言って、スポーツメディアや甲子園のファンだけは盛り上がる。しかし、この時点で阪神の脱落が決まってしまったと言ってもいいだろう。阪神とは無関係な野球ファンの誰もが見通した通り、藤川は終盤で絵に描いたような予想通り、阪神逆転負けの要因となってしまった。これは、落合と真弓の監督としての器量の差である。藤川を、何故先発ではなくクローザーとして使ってきたのか。素朴な話である。そして、142試合を終わって勝率が一厘上回っていれば、勝ちなのだ。それは、広岡という歴史を創った監督の日本シリーズの戦い方と同じで、それは43敗でいい訳で、4勝0敗で勝つ必要は全くないのである。

サッカーと野球の部分的な話題だけで終わってしまったが、いよいよ駅伝、マラソン、ラグビーシーズンが始まる。今日は出雲駅伝だが、箱根に向けてこのレースをどう位置づけるのか、各チームの思惑が興味深い。

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