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2010年10月11日 (月)

ほとぼり冷めた頃に

根が球技好きなので、かつては時々スポーツネタを採り上げていたのだが、益々敵を増やすことになるだけなので遠ざかっていた。同時に、白熱したプロ野球にも、サッカーW杯にも殆ど興味が湧かなかったこともあって沈黙を守ってきたが、MLBを含めて野球シーズンも終わりに近づき、サッカーは新監督を迎えて新しいステージに進む直前だ。ほとぼりの冷めた話題も増えてきたので、今なら良かろうという軽い気持ちで今回も横道へ逸れる。

■サッカーW杯で日本代表は「大健闘」した(そうである)が、私には期待外れが多く、実に残念な大会であった。あれだけバラバラなチームが、つまり戦術も技術も何もあったものではないというチームが、よくまあ予選リーグを突破したものだ。幸運であったことを喜んでいる。もうがむしゃらに守るしかないという状況でも、一生懸命やればお天道様は見捨てないということであろう。日本が初めて五輪サッカーへ出場した時、大変なことをやってしまった(1936年、ベルリンオリンピック)。この“事件”は、世界のサッカー史上最大の番狂わせとして、「ベルリンの奇跡」と呼ばれ今も世界のサッカー通の記憶に残っている。ガチガチの優勝候補;スウェーデンを破ったのである。勿論、戦前のことであるから、私はその一部をフィルムでしか見ていない。この時の日本も、ただがむしゃらにやった。現地へ着くまで3バックシステムによる新しいフォーメーションを知らなかったぐらいで、それしか手はなかったのである。どうやらお天道様はこういうのがお好きらしく、これが今なお世界のサッカー史に残る史上最大の大番狂わせを呼んだ。スコアは、確か32。逆転勝ちだったと記憶している。今回の日本も、ただがむしゃらにやった。今回も、それしか手はなかったのである。何故なら、既にチームは壊れていたから。対スウェーデンでは、まだチームができていなかったから「がむしゃら」しかなかったのだが、今回のそれは方向が逆の「がむしゃら」。ただ、勝負事は結果であるからとにかくめでたいと言わねばならない。

■それにしても、日本選手は何故トラップができないのだろう? サッカーの基本中の基本はトラップである。トラップができてはじめてボールを蹴ることができるのだ。本田にしても岡崎にしても、もう「昔の人」だが、柳沢、高原、鈴木、西沢・・・皆、同様。MFに至るまでトラップが下手だから、日本チームのパス回しというのは非常に“汚い”。これが、プレミアやリーガ・エスパニューラとの決定的な違いではなかろうか。カメルーン戦の本田の得点シーンなども、ドタバタしていた。まぁ、W杯というような戦いでは汚くても下手でも、結果が大事だから良しというところか。先日のアルゼンチンとのフレンドリーマッチに於いても、ポストになる時、本田は「普通より長い瞬間」立ち止まってしまうものだから、相手ディフェンスにボールを奪われそうになり、それが偶々(たまたま)攻め上がって来た長谷部の前へ出て、彼のミドルシュートに繋がったという次第。最後を締めくくったのは岡崎だが、あれは「外せ」という方が無理であろう。スポーツニュースのキャスターは、『本田が起点となって、岡崎が~』と興奮していた。

■本田といえば、一躍「英雄」になって日本のスポーツメディアは大騒ぎをして、ACミランや果てはレアル、バルサーからオファーがくるような書き方をしていた。あれには、正直驚いた。ああいう技術レベルでミランでもバルサーでもオファーを出すの? というのが正直な感想であった。本田の「鈍足」には定評がある。従って、見れば分かる通りプレー全般にスピードがない。技術がなく、スピードもない選手にレアルがオファーを出すか!?

現に、本田は今もロシアリーグでプレーしていることは周知の通りである。「ファインセーブ連発!」の川島は、かなりレベルは落ちるがベルギーリーグへ行った。頑張って欲しい。日本のゴールキーパーは「弱い」というのがヨーロッパでの定評だが、川島はオランダ戦で真っ正面のシュートを止められなかった。あのシュートは確かに威力があったが、彼らは本気モードのゲームでは普通に、当然、あれぐらいの球は蹴ってくる。真っ正面の球をはじかれるようでは、どうしようもないだろう。それはJリーグのレベルでは今は仕方がないと諦めたとしても、彼の決定的な弱点はゴールキックの成功率が極端に低いことである。その数字は、今回のW杯出場32カ国のGKの中で最低レベルである。殆どを本田をターゲットとして蹴っていたが、受け手が下手なことは川島には気の毒であったが、蹴る川島の精度そのものにも問題があった。ベルギーへ行ってから川島本人が「GK観が変わった」と言っているのは、この点のことを言っている。最もひどかったのは、パラグアイ戦のPK戦。あれだけ「ギリギリまで我慢する」ということができないとなると、蹴る選手は楽である。特に、最後の一人に至っては、蹴る選手が助走を始めるや否やもう動き出し、しかも腰砕けになっていたから、蹴る瞬間には既に座り込んでいた。PKを蹴る選手は、蹴る方向を「必ず一度」見る。その「一度」がいつの、どの視線なのか。これを察知することがPKを止めるということである。つまり、レフリーの笛が鳴る前に止められるかどうかは決まっている。川島がこの勝負に勝っていたら、あのように焦った動きにはならない筈だ。彼は、「必ず一度」の視線をキャッチできていなかった。

■ドルトムントでいきなり大活躍している香川は代表に選ばれず、代表のサポートメンバーとして同行させられた。つまり、代表選手の練習の時に必要な「練習台」としてW杯に連れて行かれた。この選手は、確かに動きに「切れ」があり、ユース時代の本山を彷彿させる。ザッケローニも言う通り、ヨーロッパサッカーというのは非常に反則が多い。全てに笛を吹いていたらゲームにならない。フィジカルと称して体力に頼るからである。そのフィジカルという面で言っても、ブンデスは日本人には特にキツイだろう。まだリーガエスパニョーラの方がマシだと思われる。そういう中で、あれだけの「切れ」を見せてペナルティエリアへ切れ込んでくるのだから、ドイツ人が驚くのも無理はない。ブンデスではかつてケルンで活躍した奥寺氏が「東洋の狼」と恐れられた。彼は、ドイツサッカーの伝統である「サイドをえぐる」スピードが素晴らしかった。今でもケルンのクラブハウスには奥寺氏の写真が掲示されており、その栄誉が称えられている。香川は、第二の奥寺になれるかというと、まだ線が細く、そこまで期待しては可愛そう、という気もする。いずれにしても、今の香川はW杯時点と特段何も変化しておらず、この選手が何故代表に選ばれなかったか、不思議なことである。

フレンドリーマッチのアルゼンチン戦のことはともかく、ザック・ジャパンの戦いはアジアカップから始まる。カティナティオの国から来たこの監督が意外に攻撃的なことに驚く向きもあるが、これもおかしなことだ。この球技は、たくさん点数を獲った方が勝ちなのだ。

MLBではイチローが10年連続200本安打、ということだが、今年はとにかく不調だった。31分台を維持するのにキュウキュウだったことが、そのことを如実に示している。クリーンヒットがやたら少ないのも、今年の特徴である。逆に、三振が多く、相変わらず四球が少ない。内野安打だけは、相変わらず「異常に」多い。(25%前後。一般的な打者は10%弱というところ) 彼の内野安打の多さについては、常にいろいろ論議が起こる。しかし、実績とは恐ろしいもので、ここまで来ると「イチロー」という顔で(名前で)、エラーと記録されてしかるべき内野ゴロも公式記録員が「ヒット」としてしまうことも、特に今年は多かった気がする。MLBと日本のプロ野球の差はいろいろあるが、例えば外野手の守備のレベルは日本のプロ野球の方が遥かに高い。MLBの外野手の弱肩は今に始まったことではないが、そこへ中継プレーの基礎ができていないとくるから、外野手からのバックホームなんて見ていられない。恐らく、日本の強豪高校チームの方が上である。更に外野手は、守備位置に鈍感な選手が多く、加えて外野フライに対しての最初の一歩が遅いから、派手なダイビングキャッチが多くなる。中には、ダイビングキャッチこそが美技だと錯覚している選手が結構いるようだ。ライトという守備位置の影響もあるが、イチローが頻繁にダイビングキャッチをするか? この問題は、日本のプロ野球でいえば、サード;長島とショートストップ;広岡の差、その広岡と同じショートストップで「牛若丸」の異名をとった吉田(阪神)との差と同じテーマなのだ。言うまでもなく、長島や吉田の方が一般には受ける。MLBのレベルが日本のプロ野球より絶対的に高いのは、内野手の守備力である。こればかりは、どうにもならない。上半身の筋力が全く違うので、テレビで見ていてもほれぼれするプレーを平気で毎日やってのけている。松井(稼)や岩村が彼らに伍していこうとしても、それは無理なのだ。私は、レイズ時代の岩村という選手は好きなプレーヤーであったが、メジャーではセカンドが精一杯となる。松井(稼)も結局はショートストップでは通用せず、セカンドへコンバートされ、それでもギリギリという線で頑張っているのが現状である。こういうハイレベルな守備力を誇る内野手を相手に、イチローは内野安打を量産している。つまり、今のイチローは、日本で210本を打った時のイチローではないのだ。遥かに高いレベルに達していると言えるのではないか。ただ、今年に関しては、日米の諸環境の違いを無視するが、試合数を考えれば、マートン(阪神)の方がヒット数は多く(142試合で214本)、打率は勿論マートンや西岡、青木の方が遥かに高い。そして、マートンのヒットは、殆どバットの真芯で捉えている。むしろ、イチローに関して称えるべきは、160試合全試合全イニングに出場したことであろう。勿論、マリナーズにこんな選手はいない。日本とは比較にならない移動距離を考えると、これこそが「偉業」ではないか。

■日本では、パシフィックのクライマックスシリーズが始まり、リーグ戦終盤の勢い通りロッテが順当に勝ち上がった。交流戦というものが始まってまだ日にちは浅いが、今年の交流戦は周知の通り、16位までをパシフィックが独占し、セントラルのチームは712位という明白な結果となった。即ち、セリーグの首位はパリーグの最下位に勝てないということである。まるで、サッカーのJ1J2みたいであるが、投手力のレベルにかなり差があるのでJ1J2という喩えは単なる喩えでは終わらない。交流戦ともなると決して短期決戦とは言えないので、セリーグのレベルが低いという現実をセリーグのコーチを含む指揮官たちやフロントが、素直に受け入れて対策を講じないと、来年もまた同じことが起こるだろう。ところが、クライマックスシリーズや日本シリーズは短期決戦である。短期決戦の戦い方を間違えなければ、違った結果を出すことができる。たちまちレギュラーシーズン上位の西武がロッテに連敗したが、敗因は渡辺監督の投手起用の失敗、この一点に尽きる。両チームは2試合で22イニング戦ったが、最初の8イニングまでとそれ以降は全く別のゲームになっており、それは投手起用の失敗がもたらしたものであることは素人が見ていても明らかであろう。セリーグでは阪神が8月のある時期から藤川を8回から登板させるという、まるで残り23試合しかないというような使い方をした。確かに激しい鍔迫り合いが続いてはいたが、阪神の残りゲームはその時点でまだ10数ゲームと、競り合っている3チームでは最も多く残しており、何も「この世の終わり」みたいに焦る時期でも何でもない。こういうことをやれば、「非常事態!」とか「一戦必勝!」とか言って、スポーツメディアや甲子園のファンだけは盛り上がる。しかし、この時点で阪神の脱落が決まってしまったと言ってもいいだろう。阪神とは無関係な野球ファンの誰もが見通した通り、藤川は終盤で絵に描いたような予想通り、阪神逆転負けの要因となってしまった。これは、落合と真弓の監督としての器量の差である。藤川を、何故先発ではなくクローザーとして使ってきたのか。素朴な話である。そして、142試合を終わって勝率が一厘上回っていれば、勝ちなのだ。それは、広岡という歴史を創った監督の日本シリーズの戦い方と同じで、それは43敗でいい訳で、4勝0敗で勝つ必要は全くないのである。

サッカーと野球の部分的な話題だけで終わってしまったが、いよいよ駅伝、マラソン、ラグビーシーズンが始まる。今日は出雲駅伝だが、箱根に向けてこのレースをどう位置づけるのか、各チームの思惑が興味深い。

2008年3月14日 (金)

人間力

ようやく春の気配が感じられる週となったが、三寒四温・・・油断ならぬ季節である。

スポーツ暦に照らせば、ラグビー、スケート;フィギア、マラソンなど多くのスポーツ種目が、本来ならシーズンを終える。(近年は興行という側面が優先し、野菜と同じように季節感が失われつつあるが)

スポーツの話題には時折熱が入り過ぎるので、知人の勧告に従って極力避けてきたが、シーズンも終わりとなれば、まとめて軽く触れておくのも私自身にとっての季節の切り替え作業の一つであると自己弁護しつつ、マラソンの話である。

男子マラソンは一顧だにされず、昨今マラソンと言えば女子マラソンのことのようだが、大阪国際女子マラソンに次いで名古屋国際女子マラソンも終わり、男女共北京オリンピック代表も決まった。日本の高度成長期とは比較にならぬ程汚染された空気の中を走って果たしてどうなるのか、すでに男子は世界最高記録保持者がボイコットを正式に発表したが、実に心配なことである。IOCとかFIFAなど、スポーツの国際機関というのは、現地の実情を無視して殆ど政治的な感覚で物事を決定していくからこういうことになる。メダルなどどうでもいいから、日本選手は今後の選手生活に悪影響を及ぼさない程度に“お茶を濁して”帰ってくればいい。

とはいえ、スポーツ選手の性とは悲しいもので、女子マラソン最後の選考レース;名古屋国際マラソンでの選手間の代表選考に対する意識は相当なものがあった。序盤の牽制具合を見れば、そのことは明白である。あのような極端に遅いラップの序盤は、先の大阪国際と共に最近のレースでは珍しい。そして、このことは、代表の座を狙うレベルの選手には悪影響しか及ぼさないことを選手自身が認識しておくべきだろう。

5k1730秒以上というトップクラスが出場するレースからすれば1分以上も遅い入り方をすれば、どうなるか。具体的な影響を一つ挙げれば、足裏が接地している時間が増える。これが蓄積すると、脚の疲労度が一気に増す。テレビ中継の解説を務めた有森裕子氏が真っ先にこのことを指摘した。解説者としてこの指摘は全く正しく、私はこれまでのマラソン中継でこういう的を得た指摘を聞いたことがない。(同じ解説者として隣に座っていた瀬古利彦氏は沈黙していた)この序盤の影響は、さあ、ここからがマラソンという30k、35kになって表に現れる。坂本直美、弘山晴美、原裕美子、大南敬美といった、「錚錚たるメンバー」と称された選手たちが、堀江と中村のちょっとしたスパートに簡単に脱落していったこともこの影響だと考えられる。その堀江知佳自身が、自身の僅かなスパートの影響で自滅するという何とも締まらぬレースで、国内招待選手15名(1名欠場)中15番目という位置の招待選手、初めてマラソンを走った中村友梨香(天満屋)が辛うじて25分台という記録で勝った。

例えば、5kを1645秒~50秒くらいで刻めるレベルの選手が、20kとか25kあたりまで1分以上遅い1750秒とか18分でレースを進めたとしたらどうなるか。全くの素人は「スタミナが温存されている」と考えそうだが、そうはいかない。人間の身体、特にトップアスリートの身体とは微妙に繊細なものである。25kを過ぎて、さあ、ここから本来の1645秒ペースでいこうとしても無理なのだ。身体が言うことを利かない。選手たちは当然そのことを知りながらも、やはり牽制し合ってしまった。それは、確固とした自信をもった選手が居なかったということにもなる。

では、この序盤の異常なスローペースが高橋尚子にも影響を与えたのだろうか。その後の報道を一切チェックしていないが、それは違うと思う。

半月板を半分切除していたという事実だけを知ったが、そういう重大な事実を、彼女は何故隠したのだろうか。粉飾決算が兜町を欺く犯罪であるように、もしマラソンが公認賭博レースだったら、これは大問題である。これは、些か失礼な喩えようであるが。

しかし、半月板の問題そのものがあのような惨敗の直接的な原因だとは思えない。2時間44分台で完走していることが、そのことを証明している。彼女の中から失われつつある何か、それは練習でしか補えない何かであろうが、それが補えていなかったということではないか。

テレビ中継中も一日70kの走り込みをこなしてきたことが語られていたが、では、400mや千m走というスピード練習をどれほど消化してきたのだろうか。70kでも50kでも長い距離の走り込みをやった後に、400m×10本とか千m×5本といったスピード走で、疲労困憊した身体にだめを押さないとスピードを伴う長距離の持久力は身に付かない。これは極めて普通の練習パターンである。(マラソンを見くびり、これを無視して醜態を晒したのが、先の大阪国際における福士加代子と彼女の監督である)

高橋尚子という稀代の名ランナーは、その状態が人目にも非常に判りやすい選手で、コンディションが悪いと忽ち左手の振りにそれが現れる。今回のスタート直後に既にそれは明白だった。精密機械を作るプロセスのように緻密にコンディションを創り上げてくる選手が、必要と感じるプロセスを踏むことが出来なかったとしたら・・・彼女自身が『今までに経験したことのない感覚』と語っていることからも、どうやら純粋にコンディション作りのプロセスそのものに原因があったのだろう。

高橋尚子という選手は、気の毒な選手である。彼女の前の監督は、マラソンに必要な身体を本番までに創り上げるということについて何も指導出来ていなかった。初めて惨敗した東京国際マラソンの時、スタートラインに立った彼女を見て驚いたファンも多かった筈だ。時を重ねて彼女の中に「指導者って何だ?」という素朴な疑問が湧いたに違いない。そして、彼女は自立した。

今回の名古屋国際の直前、彼女の練習ぶりと生活を追ったドキュメンタリーをほんの少し偶然観る機会があった。そして、少なからず驚いた。こんな初歩的なことを今までやっていなかったのか!・・・と。

それは、マラソンのレースでは普通使うことの少ない筋肉、部位を、怪我や故障を未然に防ぐ目的で鍛えるという、ストレッチも含まれる練習である。彼女は、自らその必要性に辿り着いたらしい。今頃になって、である。身体とのバランスでは突出した高い能力を持つ心肺機能・・・それだけで日本選手で初めて2時間20分台を切り、そういう彼女の先天能力に“乗った”監督。こういう関係は、不幸である。彼女が自立を決意するに至るのも、人間の成長という当然のあるべき変化からすれば必然だったと言えるだろう。それでも、今なお彼女の左半身に現れる欠点の印は、マラソン選手として彼女が完成された身体を創り上げるに至らなかったことを示している。

日本の女子マラソンの歴史で、私が最も「先天的能力」に優れていると感じた選手は、市橋有里である。

市橋の初マラソンは、19歳の時の同じ名古屋国際だった。最後までトップ争いを演じたが4位に終わった。2度目のフルマラソンに彼女は国際的にも最も高いレベルの一つである東京国際を選んだ。この時6位に敗れ、翌年再び東京国際を走った。このレースで市橋は、国立競技場に入ってなお浅利純子とデッドヒートを演じ、浅利と同タイムの2位に終わった。そして、1999年のセビリア世界陸上選手権で、やはり序盤牽制し合うというレース展開ながらも後半のハイペースを克服したが、北朝鮮のチョン・ソンオクに3秒差で敗れ、銀メダルに終わった。高橋が金メダルを獲ったシドニー五輪では、やはり前半のスローペースを我慢、18k過ぎの高橋のスパートに合わせたのは、市橋とリディア・シモン(ルーマニア)だけだったが、25k過ぎの例のアンザックブリッジで強風に煽られた上に腹痛を起こし、結局15位と惨敗した。

このように、常にトップを争いながら何時も詰め切れなかった市橋という若い選手。腰高の彼女のフォームは実に美しい。無駄な肉は一切ない。身体の軸は全くぶれない。彼女が高校時代に作った1m3248秒という高校記録は、何と2007年まで誰も破ることが出来なかった。では、彼女は何故勝てなかったのか。彼女自身のシドニー後のコメントを覚えている。

『私には人間力がなかった』

彼女は、高橋にはそれがあったと言うのだ。

「人間力」という見方をするなら、それを一番備えていたのは、現役終盤の有森裕子であろう。彼女は、現役を引退してから更にそれに磨きをかけたように見受ける。私は、今でも彼女の代表選出は間違いだと主張するが、それは陸連理事;桜井氏(元三段跳びの選手)の問題であって彼女に責任はない。結果としてメダルを獲ったからメディアも一切沈黙したが、あの選出はやはり異常であった。しかし、そういう問題をも彼女は「人間力」を付ける糧にしたように思える。

『マラソン界のシンデレラ』と言われ、そのルックスでファンも多かった市橋だが、彼女が「人間力」という言葉を使って何かを悟った時、彼女はまだ20代の前半だった。今年、31歳くらいだろうか。マラソンランナーとして歩んだ短いプロセスに照らせば、それに気づくのは遅かったかも知れないが、人生のプロセスからすれば早過ぎる程の気づきであったと言ってもいい。35歳の高橋尚子には、既に一定レベルの「人間力」が備わっている。

人生を凝縮したようなマラソンというレース競技で得たものに、遅過ぎるというものは何もない。

余談ではあるが、福士加代子がぶっちぎると言われた大阪国際の際、何時も後からコメントしても、という気がして、競馬でもないのに珍しく前日に周囲に公言しておいた。

「福士はダメだから」

案の定という結果だったが、彼女の監督は30k辺りでもまだいけると思っていたという。「転んでも転んでも・・・」と、三文メディアが美談に仕立て上げているが、あれを醜態と言わずして何を醜いと言うか。彼女自身の言葉が事実なら、彼女は大会に向けての調整で40k走すら一度も走っていない。専門の1mの国際大会では一度も一桁順位でゴールしたこともないのに「トラックの女王」などともてはやされ、一度国内のハーフで優勝した途端に大阪国際では“ぶっちぎり”という前評判。天性の市橋、人間力の有森とは余りにもかけ離れた異次元のレベルであり、ここにも選手と指導者の不幸な関係が存在する。弱い下半身と、それにも関わらず重心を後ろに掛け過ぎるフォーム、弱い下半身の自覚なしに無駄に飛び跳ねる走法を全て矯正しない限り、福士にマラソンは走れない。

余談を重ねれば、市橋もまた「阿波女」であり、弘山は同じ中学の市橋の先輩である。市橋の中学時代に、国士舘の弘山は教育実習で市橋の教室の教壇に立ったことがあるという。どうやらこの稿は、「スポーツ」というカテゴリーに入れるべきではなかったかも知れない。

2008年1月 9日 (水)

危険なムードと棄権

正月のテレビと言えばくだらないの一言に尽きるが、バラエティ全盛の昨今、テレビのバカバカしさは正月に限ったことではない。私が番組企画などに携わり始めた頃、『ザ・ガードマン』(サントリー提供、主演;宇津井健)が、子供の教育上好ましくない「俗悪番組」であると、時の主婦連を始めとする女性団体から指弾されたことは、その時点で「何故だ!?」と憤慨したが、今考えても全く腑に落ちない。『ザ・ガードマン』を“俗悪”とするならば、今オンエア-出来る番組は確実に半減する筈である。局によっては三分の一以下になるだろう。時代の空気として主婦連などの女性団体には抗し難く、視聴者の絶対的な支持を受けていたこの番組の打ち切りは、私たちにとっては怒りを伴うショッキングな事件だった。しかし、皮肉なもので、その結果何とかしなければならぬという必死の念で生まれたのが『赤いシリーズ』であった。流石の主婦連も、私が実に勝手に「サスペンスロマン」と造語して形容したこのシリーズに対しては、視聴率が40%を超えるという局面になっても何も言わなかった。(「サスペンスロマン」という造語は、直ぐ松竹がパクッた)

今更、テレビの話をしようというのではない。

正月2日、3日は、必ず「箱根駅伝」を観るのが恒例である。年末になると既に心中「箱根駅伝」のことを考えている。それほど私は、「箱根」に惹かれている。別に出身校が出場するでもなく、どこが優勝するかに格別の関心がある訳でもない。ただ、メンバー10名(補欠を入れて16名)が等しくほぼ20キロメートル前後ずつの区間を走り継いで、順位はともかく都心に駆け帰ってくるのを観るのが好きなのだ。そして、ドラマを見ていても泣くことなど皆無であるが、「箱根」だけは時に込み上げてくるものがあるのだ。毎年、「箱根」で繰り広げられていることは、紛れもなく必死の現実だからであろう。そして、それはやはり、私自身に陸上長距離の経験があることとも決して無関係ではないだろう。もっとも私は、中学時代はハンドボール、野球、陸上などの掛け持ちをやり、高校時代も野球部、新聞部、陸上部の掛け持ちという、真に不真面目な学生であり、高校時代に1万メートルでギリギリ40分を切るか切れないという程度のレベルであったから話にもならない。当時の高校駅伝全国大会・花の1区(10㎞)に集うエリートランナーのトップは、3030秒位であり、大体32分台でないと全国区にはなれなかったから、私など門外漢と言われても反論出来ない。現在、「箱根」にも予選会があるが、予選会の出場資格は、公式記録で1万メートル35分以内または5,000メートル17分以内のどちらかの記録をもつ選手を補欠を含めて10名以上揃えることとなっているから、私の高校時代のレベルは「箱根」の予選会出場資格にも及ばないのである。もっとも、マラソン選手を目指していた訳ではないし、「箱根」を目標にしていた訳でもなく、「耐える」ということを自分に課してやっていただけのことであるから、恥とも思っていない。ただ、「箱根」を走る奴は大したものだと素直に感嘆するだけである。長距離を走る身体の感触を覚えているだけに、まるで自分が走っているような息苦しささえ感じることがある。

例えば、近江・湖東地方の11月ともなれば、素手で10㎞を走れば、ゴールした時、手は切れて出血している。風を切るという表現があるが、この場合は風が手を切るのである。だから、手袋が要る。選手は、伊達や酔狂で手袋をして走っているのではない。また、当時田舎町でもアスファルトの道路が増えてきたのだが、一定の距離のアスファルト道を走り続けそのリズムを維持していて急に土の道に変わると、体調によっては「むっ」とムカついて気分が悪くなることがある。道路の硬度の影響とは、それほど繊細で、かつ大きい。そして、苦しくなればなるほど視野が狭くなるから、今どきロード走は気を抜いていては危険である。

スポーツ医学なる専門知識が根づき、練習も「合理」で行うようになった近年は、選手も指導者もマラソン・長距離のスピード化に対応しようと躍起になっている。「箱根」においても、毎年のように「区間新記録」が出て、この先どうなるのだろうと心配にさえなるのだ。少年時代に人類が初めて100メートル=9秒台を視野に入れて騒々しくなった頃、人間は一体どこまで身体能力を高めるのか、非常に不安で不愉快になったことを覚えている。一次直線的に記録が伸びていき、やがて9秒台が当たり前になり(現実にそうなりつつある)、8秒台に突入して、更に・・・となると、それは「人間」なのかという根源的な不安を感じたのである。

特に今の日本社会では、全てがスペシャライズされる傾向がある。それが、称えられる傾向が強い。スポーツ・陸上・長距離の練習においても、試合においても、そのための生活に至るまでが「スペシャライズする」という感覚で貫かれている。それが、「合理」とされる。そして、ちょっとしたスペシャルをメディアがスーパーマンのように崇(あが)め、これを煽る。時に、素人並みのことに「スペシャル」である故の「感動」を強要する。特に、テレビがそうである。

真のスペシャリストとはジェネラリストたる資質をもつものという持論をもつ私には、これが気に入らない。間違っていると思っている。普段は異常な均質教育と均質を何よりも尊ぶ感覚を強要しておいて、それ故にレベルの低い「ちょっとしたスペシャル」を異常に称え、気狂いのように感動してみせる。「箱根」にも、そういう昭和十年代にも似た時代の気分が充満してきている。そして、この社会ムードが選手を縛る。

今回、史上初めて3校もの途中棄権が発生した。たまたま目にしたブログが「運営サイドの不手際」と非難していたが、大会運営のどこに棄権に結びつく不手際があったというのか。そのブログは、それについては全く触れていない。この種の主催者批判が目につくが、実にバカバカしい。私の知る限りの、得られる限りの情報によれば、主催の関東学生陸上競技連盟の運営に棄権に結びつく不手際は何もない。何かあれば政府を批判すれば正義、お上を非難するのが知識人・・・まだ朝日・毎日が昭和20年以降培ってきたメンタリティから抜け出せない愚者が大勢居る。

大正9年、私の母が生まれた翌月2月に、僅か4校の参加で始まった「箱根」は、永い歴史の過程で、出場校数をはじめ、コース、出場資格などルールそのものを変遷させながら今回で84回目の大会を迎えた。戦前、途中棄権をしたチームは存在しない。史上初めての途中棄権は、昭和24年の神奈川師範(現在の横浜国立大学)である。その後、途中棄権というのは、10年に一度起こるか起こらないかという程度だったが、90年代半ば、95年の順天堂大学が10区で棄権してから急激に増え、この13年間だけで延べ8校が途中棄権している。そのうち3校が今回に集中したから問題になっているのだ。

私の考えでは、上述した「スペシャライズ」志向が背景要因として横たわっている。徹底したスポーツ医学の追及、徹底した単一目的的生活、過剰なドラマ性の押しつけと甘受・・・これらが、「箱根」までを歪めつつある。このブログでは何度か指摘したが、マラソン・長距離は持久走・耐久走である。長距離界のスピード志向そのものに問題はないが、その思考のプロセスが間違っていることも指摘した。基本は何か。選手や関係者がこれを忘れている限り、来年も途中棄権は発生する。メディアにこれを解れと言っても、能力的に無理である。

例えば、今回の優勝候補;東海大学の最終区棄権は気の毒なアクシデントとされるが、とんでもない。選手の不注意と訓練不足、監督・コーチの怠慢が原因である。線路を踏んで捻挫すること自体が、基本的な訓練不足なのだ。益して、靴が合わずに履き替えるなどというのは、醜態と言わずして何と言うべきか。確かに「スペシャライズ」された練習環境では捻挫などする筈がない。選手は、多少のことでは捻挫しないような足首の訓練をしていない。選手の責任と言わないで、選手の不注意と訓練不足と言ったのはそういう意味である。私は、月の明かり以外、何の灯火もない田圃道を夜中に毎夜走った。殆どの夜が漆黒に近い闇夜である。その道には、子供の拳ほどの大きな石がごろごろ転がっている。石を蹴散らして走らざるを得ない。足首は石を踏む度にぐりぐりと歪む。長距離走のスピードは、概ね100メートル=18秒~20秒である。そのスピードで、全く見えない故に予期せぬ瞬間、瞬間に大きな石を踏みながら走るのだ。そういう道しか練習する場所がなかったのだ。高校時代は、彦根城の土と石の坂道をクロカンに使った。急な下り坂で石を踏んで転倒することはあっても、その頃は既に石を踏んで大きな捻挫をするような柔な足首ではなかった。

前年優勝校;順天堂大学の往路最終区残り500メートルで血糖値まで下がって意識も混濁して途中棄権となった小野は、11月の全日本大学駅伝で横隔膜を痛め、その後アキレス腱の古傷を再発させていた。これこそ、沢木総監督・仲村監督の責任が問われる。勿論、小野自身にセルフコントロールの力が備わっていなかったことが根底の問題であるが。

「箱根」は、出雲駅伝、全日本大学駅伝と並んで、大学三大駅伝の一つであるが、関東連盟所属大学の力の入れ方が違っていて、朝日新聞社が「箱根」に対抗して作り上げ、主催する「全日本」さえローカル駅伝である「箱根」の前哨戦に過ぎないのが現状である。関東連盟所属大学が主力の一部を温存しても、日本学生陸連と朝日新聞社の「全日本」では、今回も12位までを関東の大学が独占した。朝日が切歯扼腕する音が聞こえそうだが、それほど関東のレベルは高い。そういうレベルの「箱根」における棄権の背景には、上述したような時代特有の危険なムードが濃密に篭っている。

1回大会参加4校の一つ、大正11年第3回大会(出場10校)で初優勝、出場77回(第3位)、優勝12回(日大と並んで第2位)の名門;早稲田が、平成7年・8年と連続して往路を制して以来、久々に山登り5区で逆転して往路を制した。この波乱には、4区の大混戦が大きく影響している。現在の4区は18.5㎞と、唯一20kmを切る最短区間だが、それは中距離選手にも箱根を走らせてあげようという関東学連の誤った親心が為せた現象である。つまり、この区間を走る選手の地力が最も弱く、1キロ平均3分のラップを切ったのは一昨年の村上(順天堂大学)だけである。「箱根」は、一人一人がハーフマラソンより長い距離を走る駅伝である。そういう中で3分を切れない選手を入れようとするのは、現代長距離の常識に照らして如何なものか。今回は、結果的に小田原中継所で大混戦の様相がはっきり表われ、何と9位あたりまでがトップから5分以内という、次の5区でいつでも誰でもが逆転可能という状況で山登りへとバトンタッチした。果たして、襷を受けた5区ランナーたちは、山登りで最長区間(23.4㎞)というハードな往路最終区を極端に早いラップで入ってしまった。普通区間並みの240秒~50秒台で入ってしまったのである。レース後のコメントを併せ聞いても、これに直ぐ気づいていたのは早稲田の駒野だけだったように思える。このことが、往路の結果に大きく影響を及ぼしたことは間違いなく、それも「箱根」の面白さと言えるかも知れないが、このことも小野の残り500メートルでの途中棄権に結びついているものと考えられ、順天堂大学指導者の指導者としての資質を問題にせざるを得ない。

スポーツの話題は、本来純粋な技術論だけにしたい。昭和26年、当時の「駅伝有害論」に押されて慶応義塾大学が参加を取りやめたことがある。同校は、その影響で選手確保にも支障をきたし、その後10年間、参加の意志を回復しても能力的に参加することが出来なかった。たかがスポーツは、色濃く時代のムードに支配されている。

2007年3月 6日 (火)

寒くても、暑くても・・・

ウインタースポーツも低調ということもあって、すっかりスポーツネタから遠ざかっていたが、一昨日4日は、第62回びわ湖毎日マラソン。

近江;琵琶湖(と言っても、琵琶湖南端の瀬田川周辺)が舞台であるだけに、昨年もこの話題に触れたが、今年はこれだけ酷(ひどい)いレースになると、それはそれで話題にしてもいいだろう。

このレースの国内招待選手は9名いたが、その中では岩佐(大塚製薬)の10位(2時間1441秒)が最高というから驚く。さらに言えば、内3名は途中棄権。

日本選手の最高位は、6位の久保田(旭化成)で、記録は何と2時間1250秒。彼は、一般参加である。

往年の日本代表;実井謙二郎(日清食品)が、これも一般参加で出場して、2時間1408秒で8位に入賞したのにはもっと驚いた。立派、というより驚きが先に立つのが普通だろう。

かくして、「2時間930秒以内で日本人最高順位」という、非常に低いと言われている世界選手権代表選考基準を満たした選手は、また一人も出なかった。(周知の通り、現在のマラソン世界最高タイムは2時間4分台である)

このレースは、かつて日本の「三大マラソン」と言われた一つ、びわ湖毎日マラソンである。

「過酷な気象条件」「まるで夏マラソン」と、気象条件に恵まれなかったことをしきりに口にする向きが多いが、冗談じゃない。

確かに、途中で気温は20度に達した。湿度は、スタート時で62%。風は、大体1~m。もちろん、常に逆風ではなく、この日はむしろ追い風区間が結構多かった。

このコースは、周知の通りアップダウンは1箇所だけという珍しいコース。

かつて、マラソンの適温は9度前後と言われていたが、この点については湿度との関係で何とも言えない。

先月2月の東京国際の時は、気温は5度。この時、関係者は口を揃えて何と言ったか。

「この寒さでは・・・」「気温5度という過酷な条件」云々。

一体、気温が何度で、湿度が何パーセントだったら日本選手はまっとうにマラソンが走れると言うのだ!

ちなみに、高橋尚子は、気温30℃超のバンコックアジア大会で、当時の日本最高記録をマークしている。

テレビ観戦をしていた当方も、レース前から盛り上がらなかった。

このメンバーで、どういうレースになるの? という不安というか、ほとんど“諦観”に近い、「悟り」とも言える心境。

案の定、5キロラップが酷い。1528秒というスローな入り。その後、1514秒とやや上がり、さあ、これからと思ったら、1535秒―1548秒―1526秒―1531秒。

これは、男子のマラソンか!?

4人揃えたペースメーカーも酷かった。1キロラップがやたらぶれまくる。これじゃ、ペースを作るどころかペースデストロイヤーだと思っていたら、20キロで脱落する奴がいる始末。所定の30キロまでもったのは一人だけという惨状である。

こういうのを、一体どこから、何ぼで雇ってきたの?

結局、この日、5キロラップが15分を切ることは、全選手一度もなかった。改めて言うまでもないが、これ、男子マラソンである。

『マラソンは30キロから』・・・これは、マラソンというスポーツの常識である。

ところが、日本人最高順位(6位)の久保田も、招待選手最高順位(10位)の岩佐も、30キロ以降の5キロラップは何と16分台まで落ちている。さらに、フィニッシュの2.195キロになると、二人とも7分台。

日本人ランナーで30キロ以降の5キロラップで15分台を維持したのは、7位に入った、これも一般参加の阿部(三菱重工)の3035キロの1546秒のみ。但し、阿部は、次の5キロで1707秒まで落ち込み、フィニッシュに至っては749秒と、これはもう完璧に女子マラソンに出場した方がいいという惨憺たる終盤だった。

トラック勝負にもつれ込んだラマダニ(タンザニア)とキプラガト(ケニア)のフィニッシュは、624秒と628秒で、ラスト200メートルは3031秒である。その後ろ足の蹴りを見れば、とても同じレースを走っているアスリートとは思えなかかった。

世界陸上のマラソン代表枠は5名である。陸連は、また屁理屈を並べ挙げて5名を選出するだろうが、ナンセンスである。

ハナから勝負にならない代表を選んでどうする?

「参加することに意義がある」?

バカバカしい! 

スポーツという勝負事においては、負けることが明々白々な状況で「参加することに」意義なんて何も存在しないのだ。極めて個人的な事情が絡む素人大会以外では。

世界陸上という国際大会(今回は酷暑の大阪で開催される)は、皆がお手手つないで並んで一緒にゴールすることを強制する、今の学校の運動会ではないのだ。

そういえば、最近は学芸会でも、ゴネる親に抗することが出来ずに、主役の「かぐや姫」が3人も4人も登場するそうだ。そして、それに「まったく違和感を感じない」という若い母親がほとんどだそうだ。

バカバカしいレースを見てしまったという腹立たしさが、その根の深さにまで思いを至らせた日曜日の午後だった。

2006年7月31日 (月)

東京代表はなぜ弱い?

 やっとの梅雨明け。高校野球のシーズンである。

 我が母校は、残念ながら県予選の準々決勝で1点差負け。野球を生業としている学校でもないので、これは仕方がないと無理やり己を納得させている。

 現在の私の地元;西東京では、早稲田実業が日大三校の4連覇を阻んだ。延長戦の末のサヨナラ勝ちという“熱戦”だった。

 西東京予選の決勝をテレビで観ていて、またそれ以前の試合を二、三試合、地域ニュースなどで観て、痛切に感じたのは東京のレベルの低さ。これでは、また甲子園では通用しないだろう。

 投げる、打つ、走る・・・どれをとっても基礎力が劣るようにみえた。準々決勝はもちろん、準決勝でも「コールド勝ち」があるという現実にも驚かされた。

 もともと、東京の代表チームの甲子園での戦績は芳しいものではない。まれに優勝もあるが、春・夏通して通算すれば、東京は「弱い県」の一つだ。

 参加校数が多くて、西と東に分けているぐらいなのに、ならしてみれば弱い。

 都会っ子だから? 校庭が狭くて環境に不利があるから?

 正直なところ、私にはよく解らない。

 というのは、練馬区に住んでいた頃、少年野球を指導していた時期が十年ほどあるのだが、東京の少年野球のレベルは非常に高いのだ。

 私のみていたチームは部員100名弱だったが、その中の一軍となると下手な大人の草野球以上のレベルでないとレギュラーにはなれない。練馬区には当時100チーム前後の少年野球チームがあり、私たちのチームは一応練馬区を制し、西武球場で行われる東京都大会へ出場したこともあった。

 練馬区決勝戦の相手チームのエースは、東亜学園から広島カープへ進んだKだったが、彼の速球をどう攻略するか、苦労したゲームだった。

 私たちのチームは、長野県Y町と交流をもっていて、夏は毎年Y町へ遠征した。秋には、Y町のチームを東京へ招待していた。

 私たちとY町のチームの交流試合は、毎年一方的なもので、勝負にはならなかった。当方が日頃は先発として使わない選手を主力にしても、その結果は変わらなかった。

 指導している内容レベルにかなりの差があるので、試合後には私たち監督・コーチ陣がY町の選手たちを指導することが恒例となっていた。

 両チームのこの差は、両チーム固有のものだとは思われない。つまり、Y町のチームは長野の中で特に弱小ということでもなく、練馬区を制したとはいえ私たちのチームも、東京都を制するほど強くはない。

 つまり、これは「地域差」なのだ。

 制度的にも、東京では少年野球はシニアに繋がっており、シニアは高校の野球部と繋がっている。私たちの少年野球部は杉並シニアに繋がっていて、シニアサイドからは「今年は何人送ってくれる?」などと言ってくる。

 当時、現在「楽天」の監督を務めている野村克也氏が自分のシニアチームを創設したことは、ご存知の方も多いだろう。彼がチームを率いて杉並シニアに遠征してきたことがあったが、まったく相手にならず、惨敗した。ベンチで“ぼやく”様は今と同じでおかしかったが、さすがに基礎をしっかり教え込んでいることがよく分かり、我々は先々強敵になるな、と評価していたら、案の定、その後関東地区を制するまでに成長した。

 少年野球のレベルにこれほどの差がありながら、高校野球になった時、早稲田実業は果たして長野代表(今年は、初出場の松代高校)に勝てるか。

 これは極めて疑問であり、多分無理だろう。10回戦えば、7回は負けるのではないか。

 少年野球と高校野球との間に横たわっているものは、何だろう。

 確かに、地方の高校には野球留学を積極的に受け入れている学校がかなりあり、それによって甲子園へ出てくるチームも多い。しかし、そのことだけでは説明がつかないような気がする。

 東京における野球に求められる直接的な環境が、少年野球までは問題ではないが、少年野球以降では問題があるということだろうか。

 それとも単純に、東京の高校野球指導者全般のレベルの問題なのだろうか。

 どこかの温泉宿でマッサージを頼んだ時、訊いてみるといいだろう。東京の客と地方の客は、足を触れば大概判るそうだ。

 東京のサラリーマンの脚は、筋肉に張りがある。通勤での階段の登り降りなどで、それだけ鍛えられているのだ。日頃車に頼っている地方の人間の脚は、いかにもひ弱いという。

 都会と地方では何が違うかという問題も、このように変質してきている。

 こういう背景をも考え併せると、ますます解らなくなる。

 我が郷土の代表校の健闘も期待するが、東京代表には何とか勝ち進んで欲しいものだ。西東京と東東京の代表校同士の決勝戦・・・これが常態化すれば、少なくとも私の疑問は、疑問として発生することもないのだ。

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2006年7月10日 (月)

川淵氏よ、腹を切りなさい!

 時節柄、スポーツのあれこれを無視できそうにない。

 あまりにも予想を裏切らなかったので何の騒ぎにもなっていないが、ラグビーのジャパンは相当深刻だ。これで、IRBパシフィック・5ネーションズで全敗。イタリア戦にも惨敗しているので、国際戦5連敗。何よりも、勝ち点0というのが情けない。

 サッカーと違ってラグビーでは、敗戦でもトライ数や相手チームとの点差によって勝ち点が得られる。勝ち点0というのは、完璧な惨敗ゲームばかりだったということだ。ヘッドコーチ;エリサルドは、まるでここまでは様子をみていた、とでも言いたげな発言をしているが、11月のW杯最終予選を控えている今、例によって日本人の体格の問題を持ち出すこの指揮官にジーコ的な雰囲気を感じることを否定できない。望みは、選手自身にサッカーの日本代表のような「バブリーなメンタリティ」が存在しないことだけか。

 折りも折、6月17日午後、宿沢広朗氏が55歳の若さで急逝した。住友銀行時代にはロンドンで国際的なディーラーとして活躍、現職は三井住友銀行取締役専務執行役員だった。   今さらになるが、小さい身体ながら天才的なSHだった。熊谷高校時代、早稲田時代のプレーが今も鮮明に蘇える。相手スクラムボールをどれだけ潰したことか。

 彼は、1989年から約2年間、ジャパンの代表監督を務めたが、ジャパンのW杯史上唯一の勝利(対ジンバブエ 52-8)を挙げた監督であり、就任間もなくスコットランドを28―24で下した戦いは、それ以上にジャパンの歴史に燦然と輝いている。また、彼が早稲田のSHを務めていた時代は、早稲田がもっとも早稲田らしいラグビーを展開していた時代だった。誰もが認める、チームとしての確固とした個性が存在した。体格と重量で劣る早稲田のスクラムというのは、下から突き上げる独特のスタイルをもっていた。それは、攻めるスクラムというのではなく、耐えるスクラムだった。体格・重量に勝る明治FWの猛攻を、ファンの悲鳴の中でラインを背にしてギリギリのところで10分、15分と耐え続けたシーンが蘇える。そして、ひとたび反攻に移るときのスピーディーな展開。その中心に、宿沢がいた。この早稲田の個性というものは、今のジャパンに一つの大きなヒントを与えるはずなのだ。大西理論を継承しつつ、これを発展させた理論派は、ジャパンの惨状をどうみていたのか。冥福を祈るのみだ。

 同じ惨状を呈しているサッカー界だが、ジャパンの問題と比べると知性の差、センスの差というものを感じざるを得ない。

 川淵氏が口を滑らせてしまった、ということになっている代表監督問題。あれは明らかに、川淵氏の「意図的な失策」である。メディアもそのことは承知している。私は、そうみている。これによって川淵氏は、懸案の中央突破を図るとともに、完璧に話題・関心の矛先を、自身の責任問題からそらせることに成功した。メディアもまた、確信犯なのだ。

 フローラン・ダバディ氏が、7月8日付朝日新聞紙上で「会長問題」について怒りをぶちまけている。すべてのスポーツメディアが川淵氏を恐れて沈黙する中で、彼はW杯予選リーグ敗退直後からこの問題を複数の場で訴えている。スポーツのスの字も理解できないアイドルやタレントを使って中継を盛り上げようとしてきた民放テレビ、川淵氏が黒塗りの車で乗りつけると、さっと車に近寄って傘をさしかけるスポーツ記者(これはベテラン記者の仕事)、すべては広告主のために試合開始時間さえ変更する大手広告代理店、ヒデとの親しい交友関係をことさらアピールしたがる作家・・・こういう稚拙な現象を「サッカー文化」などと称している愚かさに接して、彼が怒りを抑えきれないのは、彼が日本のサッカーを愛しているからにほかならない。

 ヒデの引退問題にしても同じだ。私は、彼を日本の代表選手の中で唯一国際的に通用する選手として評価してきた。メディア人気が中村へ移っても、その評価は変わらなかった。但し、ここが問題なのだが、「国際的に通用する」ということは「国際的にも優れている」ということではないのだ。彼は、世界の戦いの中で「イーブンで戦える」ということであって、決して「勝っている」ということではないのだ。世界の戦いの中で、並みの選手という意味なのだ。このことは、彼を高く評価していることを意味するもので、日本選手で彼以外に「世界の戦いの中での並みの選手」というのは誰もいない。

 今回も、ヒデは孤軍奮闘した。「W杯史上最低」と言われるFWとDF陣に絶望的な思いを抱きながら、文字通り孤軍奮闘した。しかし、ブラジル戦後の長時間ピッチに倒れこんだパフォーマンス・・・あれは、実に見苦しい。あのようなことが許されるほど、君はビッグなのか。君は、ジダンでも、フィーゴでも、ネドベドでもないのだ。第一、あれだけの長時間になるとグラウンドキーパーの邪魔である。

 そして、引退コメントがまたふるっている。「自分探しの旅」・・・今どき「アエラ女」でもこのようなセンスのない表現は使わない。この期に及んであまり失望させないで欲しい。

 彼の選手としてのピークは、間違いなくペルージャ時代である。もともと卓越したテクニックがあるわけではなく、ローマへ移ってからは、すでにフィットしなくなっていた。彼の保有権は今もフィオレンティーナにあるが、フィレンツエの地元メディアは彼の引退を喜んでいるようだ。曰く、「これでチームは前進できる」。フィオレンティーナの10番と言えば、バティスチュータからルイ・コスタ・・・チームもサポーターもその後釜としてヒデを迎えたのだったが・・・。

 ヒデにとっての最大の課題は、その極端な偏食だろう。このことは、ベルマーレ入団当初から指摘されていたことではある。今だにそれが直っていないとすれば、肉体的にもこの先に多くは望めなかった。潮時というものだろう。

 三文メディアは、彼のことを「孤高」だと言う。実に、バカバカしい。彼ほどファンに饒舌に語り続けたスポーツ選手はいない。「孤高」とは、例えばMLBの野茂のことを言うのだ。野茂は今なお、地べたを這いずり回って生きている。何の言い訳もせずに。

 ファンに語り続けることは、悪いことではなく、素晴らしいことだと私は思っている。彼のやってきたことは、何も非難されることではない。要は、サッカー界を中心として起きている現象は、すべてメディアのレベルの低さに起因しているということだ。新代表監督になるオシム氏が言うように、まずメディアのレベルが上がらないと、日本のサッカーのレベルは上がらない。

 その手始めに、初歩的なことを言っておこう。

 川淵氏よ、腹を切りなさい! それがないと、私たちは「前へ進めない」のだ。

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2006年6月14日 (水)

川淵氏の過ち

「飛び降りたい気持ちです!」と現地からレポートしてくるレポーターがいるかと思えば、「予定通り!」と強がるキャスターがいたり、何やかやと論争があって、結局「前を向くしかない!」と締めくくってようやく次の話題へ移る。

テレビのこういう状況は、二日経ってもまだ収まらない。

オーストラリア戦の敗戦で、国中大騒ぎの感がある。

今どき「晴耕雨読な日々」を送ろうというのは気持ちの持ちようを頑強に据えてかかるということであって、それは揺るぎもないのだが、物理的には世の喧騒は身辺に押し寄せてくる。

私とて残念ではあるが、いまさらの大騒ぎには首を傾(かし)げざるを得ない。

もう一ヶ月前になるが、511日(代表選出の直前)に私は『ジーコの過ち』と題して、代表監督としてジーコを支持していないことを明言した。そして、「選んではいけない選手」を何人か挙げた。結びとして『近々、私たちはFIFAランキングの正体を思い知らされることになるだろう』と書いた。

1FCケルンで活躍した、日本人プロサッカー選手の第1号であった奥寺康彦氏(現横浜FC社長)が、614日付「夕刊フジ」(13日発行)紙上で次のように述べている。

『豪州の勝因はヒディング監督の見事な選手交代であり、日本の敗因はジーコ監督の間違った選手交代である』

『さまざまな局面で流れを変える選手の不足。3バックなのに登録DF5人。515日、W杯メンバー23人を選んだときから監督の差が出ていた。』

『日本は流れを変えたくても、次のクロアチア戦も同じ布陣で戦うしかない。そういう23人を選んでしまったからだ』

また、同じ紙上で、放送作家でサッカー評論家でもある井上尚登氏も次のように述べている。

『敗因はジーコだろう。オーストラリアは決してうまくはなかった』

『最大の疑問はなぜ柳沢を下げて小野を入れたのかということだ?』

『ジーコの選手交代は謎が多い。大黒を入れるなら、もっと早く入れなければならない』

『攻撃にも守備にも役に立たない、立っているだけの左サイドは何のために存在しているのだろう? 三都主を使い続ける意味がわからない』

『守備陣はあまりにも稚拙で相手を見るだけで、スペースを与えっ放し』

両氏の指摘は、まったく当たっている。他紙を見ても、大体似たようなコメントが、さまざまな方から出ている。

大体活字メディアにおいて、このような指摘・評論がみられ、テレビではこの種の論調はまずあり得ない。奥寺氏も、テレビではこのような発言はしない。辛口として知られるセルジオ越後氏も、テレビとなると論調は違ってくる。

日本のテレビメディアとは、それほど“偽善”を求めるし、それを“正装”としてまとうことを礼儀ないしは正義としている。

シュートを打つことさえできなかった柳沢、ラインを下げまくった宮本、何もできなかった三都主、相手を止める技術も迫力ももたない駒野・・・皆、私が「選んではいけない選手」として挙げたメンバーである。

さらに、足のつっただけの坪井は、迷惑をかけてはいけないと思ったのか、直ぐ自ら手で×を示した。あれは、23分も我慢すれば治るはず。もう、気持ちがパニくっていたとしか思えない。

もし、クラマーさんだったら、「大和魂!!」と大声で喝を入れたことだろう。別に根性論をぶつつもりはないが、あまりにもひ弱い精神は、スポーツという戦いの場には似合わない。W杯は、学校の体育の時間とは違うのだ。

ジーコの選手交代のまずさは今に始まったことではない。指示の不明確さも今に始まったことではない。

過去、彼を解任するタイミングは何度もあった。しかし、川淵氏はまったく聞く耳をもたなかった。

今大会の結果次第では、川淵氏は、たとえ3日前でも契約満了日以前にジーコを「解任」すべきだ。

もう退陣は決まっているから、という話は受け容れられない。「解任」という形をとるべきなのだ。

それができないというのなら、川淵氏に退陣していただこう。かりにも「サムライニッポン」の頭領なのだから。

勝負事の世界では、常に責任は形にして示すことになっている。

私は、ジーコでW杯を戦うことを彼が決めた時から、彼が結果に対して責任をとるものと信じてきた。

私は、陽明学徒である。この、クラマー門下唯一の劣等生に「知行合一」(ちこうごういつ)という言葉とその意味を教えておきたい。

ついでながら、当たるも八卦、当たらぬも・・式に言えば、決勝戦は、オランダVSアルゼンチンではないか。ブラジルは・・・ない。

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2006年5月11日 (木)

ジーコの過ち

 史上もっともダーティーなサッカーW杯日韓大会から早くも4年。また、正論・奇論が入り交じる喧騒の季節が巡ってきた。

 このブログは幾つかのカテゴリーに分けており、その中の一つに「スポーツ」が入っているので、時折スポーツネタも入れるのだが、ここまでのことろ、意識して野球とサッカーを避けてきた。

 どちらも経験のあるスポーツで、自分の“得意種目”でもあるのだが、近年あまり気が入らない。一言で言うと、私の嫌う「アマチュアリズムという害悪」がはびこりすぎているからだ。

 しかし、この時期にW杯ドイツ大会を無視するのも、わざとらしい偏屈のようにも思え、開幕前に一度ぐらいは触れておくべきだろうと、殊勝な考えを起した次第。

 15日に代表メンバーが発表される。

 読売新聞が自社サイトで「読者が選ぶ日本代表」という投票を受け付けている。

 あらかじめ選手をノミネートしておき、ポジション別に指定人数にチェックを入れて送信するのだ。

 暇つぶしにやってみようかと思ったが、ノミネートされている選手そのものに異議があるので、やめた。

 大体、私には今もってジーコのやろうとするサッカーのコンセプトが解らない。もっと言えば、代表監督としてジーコを支持していない。もちろん、プレーヤー時代のジーコには尊敬の念を抱いている。どのスポーツにおいても、選手と監督とは資質において別種の能力によって支えられているものだ。

 そのコンセプトと戦術が十分理解できないので、ジーコが誰を選ぶかなど正確に予想できないし、選考結果を評価する気もない。

 しかし、近代サッカーの戦術基盤は、ヨハン・クライフの空間理論にある。今の各国代表監督がいかに個性的な戦術を採用しようとも、この基盤からまったく外れたサッカーというものは考えにくい。

 だとすれば、最低限、必要な選手、不要な選手ぐらいは共通して選別・理解できそうな気がするのだ。

 日本代表は、ほぼ固まっている。

 ジーコが聞く耳をもたないことは百も承知だが、この中で、三都主アレサンドロ、村井慎二、駒野友一、宮本恒靖、加地亮、小笠原満男、柳沢敦、玉田圭司、鈴木隆行といったところは、選んではいけない選手だ。

 そもそもスポーツにおける「個性」とは、「身体」と「技術」に表われる特性を言う。そして、他より優位に立つ「個性」が、またその組み合わせがもたらす優位が結果につながる。

 上記の選手たちは、「身体」と「技術」に表われる特性=「個性」が稀薄、または弱い選手である。

 もちろん、好き嫌いとは話は別だ。私は、宮本という選手は、むしろ好きだが、彼がキャプテンなどという話はあり得ないと考えている。

 よく言われる「リーダーシップ」・・・少年サッカーじゃあるまいし、こんなことで代表チームのキャプテンが務まるなら、話の土台そのものをひっくり返す必要がある。

 彼の率いるDF陣は、3バックであれ、4バックであれ、本番ではズタズタに引き裂かれるだろう。三都主に至っては、守備などできていないし、してもいない。攻撃参加といっても、技術レベルの低さは今から修正はきかない。

 身体も技術も今からでは無理・・・だとすれば、宮本は、せめてラインの統御において中盤との距離だけは死んでも間違ってはいけない。

 逆に、本番に必要な選手は、中田(ボルトン)・中村(セルティック)・松井(ル・マン)・今野(FC東京)といったところ。小野は、とるべきシステム次第であって、絶対にという存在ではない。

 FWのことには、触れない方がいい。どうせ、上記以外でも誰を選んでも10本打って1本しか枠に飛ばないのだから、中盤が頑張って、懲りずに飽きずに90分間センタリングを上げ続けるしか道はないのだ。

 取り返しのつかないことだが、ジーコの犯した過ちは、ウイングを育てなかったことだ。

 左右どちらにしても、今の代表チームには思いきりサイドをえぐりまくる選手というのがいない。また、そういうサッカーをしていない。ジーコは、ロナウジーニョが45人いるようなシステムしか興味がないようだ。もちろん、それはロナウジーニョたちの「ミニ版」だが、これはまったく日本人には合わない。

 日韓大会で準優勝したドイツは、実にドイツらしいオーソドックスなサッカーを見せてくれた。ドイツらしさとは、徹底したサイドからの組み立てである。これを重視するから、ドイツのサッカーはスピーディーで、美しい。そして、ウイングの重要性が大きくなる。

 日本サッカーの第一次黄金期であった1960年代に、日本はこれと同じサッカーをしていた。それもそのはずで、指導者が西ドイツの、あのクラマー氏である。

 クラマー門下には、前サッカー協会会長;岡野氏、現会長;川淵氏、副会長;釜本氏、アルゼンチンからのオファーを蹴飛ばし、磐田のマネジメントを支えた杉山氏、鹿島の草創期を担った宮本征勝氏、花の指令塔;宮本輝樹氏、ロングスローの小城氏などがいた。岡野・川淵両氏以外は、いずれも国際的な選手である。

 日韓大会でのドイツのヌビルのサイドからの攻め上がりなどは、ウイング;杉山を彷彿させた。彼のサイドからのスピード感あふれるえぐりがあるから、バラックも生きるのだ。

 こういうサッカーのなごりを身に付けた奥寺氏は、ブンデスに渡って左サイドをえぐりまくって「東洋の狼」と言われた。

 かつての杉山、80年代の奥寺の後を誰に託すのか。日韓大会の時点でこれを考えていたのは、リトバルスキー氏だった。そして、彼の考えを私は支持していた。それは、本山である。

 ところが、これは、当時のトルシエに理解できる話ではない。私は、本山世代のゲームは何度も観戦しているが、この、ウイングをやるためにサッカー選手になったような選手を“正しく”使った指揮官を見たことがない。

 今から本山を、といってもそれは無理な話。時は、過ぎた。

 どうにもこうにも、頭の中に中村俊輔のまわりの陣形イメージが湧かないまま、本番を迎えることになる。

 最新時点(419日)の日本のFIFAランキングは、17位。驚くべきことに、ドイツの19位より上位である。

 グループF各国のランクは、ブラジル1位、クロアチア24位、オーストラリア44位である。

 近々、私たちは、FIFAランキングの正体を思い知らされることになるだろう。

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2006年4月22日 (土)

W杯予選が始まった!

サッカーのことではない。ラグビーフットボールのことだ。

2007年秋にフランスで開催されるラグビー・ワールドカップへの出場を目指し、16日からアジア地区予選が始まった。

初戦、日本はアラビアンガルフ(アラビア湾岸諸国の連合代表チーム)と対戦し、829と大勝し、いよいよ明日23日、韓国と対戦する。

これは、まだ一次予選であって、日本・韓国・アラビアンガルフの3ヶ国で争い、2位以内に入れば、11月の最終予選に進出できる。現在の世界ランクは、日本17位(偶然、サッカーと同じ!)、韓国22位、アラビアンガルフ42位で、この3ヶ国がアジアの一部リーグに入っているが、日本と韓国が最終予選に進出する。(言い切ってOK

最近、韓国が(例によって日本に対しては)急激に強くなったが、近年までラグビーに関しては日韓戦(明日の試合は第8回日韓定期戦を兼ねる)といっても、日本は五分の力で楽勝できた。

ただ、初戦の大勝についても、ジャパン(「ジャパン」とはもともとラグビーの日本代表チームのことを指す)のヘッドコーチ;エリサルドは「日本ラグビー史上、最悪の試合」と自ら酷評している。キャプテン;大畑も「韓国とこんな試合をしたら、ヤバい!」と、深刻だ。

私は、近年のジャパンには大きな、深刻な不満をもっている。

大体、ラグビーという、スポーツというもののもっともプリミティブな要素で成立する「球技の王道」とも言える競技では、甘っちょろい番狂わせは草々起きないものだ。理に適った長期の強化と理に適った戦術をまっとうし、並外れた精神力を発揮しないと勝てないのがラグビーというスポーツなのだ。

今はサッカーの世界でも平気で「テストマッチ」などと言っているが、もともと「テストマッチ」とは、ラグビーの世界で、イングランド・スコットランド・ウェールズ・アイルランド・フランスの5ヶ国(5地域)間の対戦のことを指す。この5ヵ国間の対戦だけは、別格の特別な戦いとされたのだ。

そして、ラグビーの世界での対戦は、定期戦が基本。一年に一度だけ、決まった相手と戦うのだ。競艇なども同じで、オックスフォードとケンブリッジの様々な定期戦を例に出すまでもなく、身近なところでは「早慶レガッタ」を思い出していただけばよい。

従って、雑魚(ざこ)とまで戦わなければならないリーグ戦という形式がなじまない。今でも、関東の大学ラグビーは、対抗戦グループとリーグ戦グループに分かれているが、これはそういうラグビー競技の在り方の名残りである。リーグ戦グループとは、後からラグビーを始めて対抗戦(定期戦)を組んでもらえない大学が組織したもの。このことは、ラグビー普及の歴史的事実に関わることであって、こういう一文を書いて非難される筋合いの話ではない。対抗戦グループ同士でも定期戦が成立していないケースがあるので、同グループ内でも各大学が等しく対戦するわけではない。

こういうスポーツにW杯なるものが新設されたのも、時代の流れか。

ラグビーのW杯は1987年に始まった。

前回大会(2003年)までの優勝国は、以下の通り。

1回  ニュージーランド

2回  オーストラリア

3回  南アフリカ

4回  オーストラリア

5回  イングランド

4回大会までは、すべて南半球の国。この南半球対北半球という図式は、本家5大国にとっては重大な関心事だった。前回、ようやくイングランドが決勝でオーストラリアを下し、北半球が初めてW杯を制した。

アジアで無敵の日本は、第1回大会から参加しているものの、当然決勝トーナメントに進出したことはない。勝利したのは、第2回大会での対ジンバブエ戦(528)のみで、通算戦績は、115敗。第3回大会では、ニュージーランドに17145という、W杯史上の最多得点を許した。前回大会でオーストラリアが1420でナミビアを破ったが、その時点までは日本―ニュージーランド戦が最多得点ゲーム・最多得失点差ゲームだった。

今回は最悪でも1勝、2勝も十分と公言して代表を送り出した前回大会、ジャパンは初戦のスコットランド戦(1132)、第2戦のフランス戦(2951)を共に“大健闘”。相手が相手であっただけに、例によって“田舎メディア”は「決勝トーナメント進出が見えた!」と大騒ぎした。協会自身もそういう評価をしていた。

こういう「自己満足」とも言うべき自己採点がまかり通るところが日本ラグビー界の染みついた甘さと言えるかも知れない。

仮に初戦、第2戦を“大健闘”だったとしよう。

客観的にみて、日本が勝てるとすれば、第3戦のフィジーと最終戦のアメリカだったわけで、フランスに1861で敗れ、アメリカとは1918というどっこい勝負を演じたフィジーこそジャパンが勝つべき相手だった。

結果は周知の通り、1341の完敗。アメリカ戦も、スコアこそ2639だったが、終始勝てる要素のまったく見えないゲームだった。

ジャパンが“大健闘”して相手を慌てさせたと自負したスコットランドもフランスも、当然決勝トーナメントを見通して、長丁場を闘い抜くプランニングをして予選リーグを闘っている。日本戦に100の戦力で臨むなどということはあり得ないことで、事実そうだった。ジャパンとしては、相手の格という要素も考えて、第3戦のフィジー戦こそ真の力が試される闘いだった。そして、このフィジー戦にジャパンは無残な完敗を喫した。「正体」をさらけ出したとも言える。

どのゲームでも、ジャパンは、仮に後半半ばまでは互角に闘っていたとしても、それ以降は雪崩をうって崩れていく。これは、近年繰り返し繰り返し見られるジャパンの国際ゲームにおけるパターンなのだ。

勝敗は、ノーサイドの笛が鳴った時点で確定する。どのスポーツにおいても、前半は互角だったのに、途中までは頑張っていたのに、などという言い草は、特に国際ゲーム、プロのゲームでは一切通用しない。

どちらかと言えば結果よりプロセスを重視する昨今の日本人のメンタリティは、プロスポーツ、国際ゲームでは異質の感性なのだ。甘っちょろい一人よがり、と言ってもいいだろう。

ジャパンは何年たっても、この弱点、課題を克服できていない。ここが問題なのだ。

かつて、日本スポーツ選手の唯一最大の武器は、「精神力に裏打ちされたスタミナ」だった。これは、すべてのスポーツ種目について言えたことで、日本人の特性として国際的な評価でもあった。ところが、今は逆で、多くのスポーツで日本選手はスタミナのないことで定評を得ている。

確かに、流血、骨折など当たり前というラグビーというスポーツで、最後まで、更には大会最終戦のノーサイドまでスタミナ、闘争心を維持し、発揮することは並大抵のことではない。まして日本人は体格的なハンディもある。

しかし、それを言うのなら、最初から小ざかしい技術論はやめるべきだ。(技術論だけは、その内容の適否は別にして、国際的にも一人前) ジャパンは、卑怯をもっとも軽蔑し、勇気をもっとも尊ぶラグビーフットボールの日本代表ではなかったのか?

明日の韓国戦、前回大会のフィジー戦で暴露された「正体」が克服されたのかどうかを見極めたい。それは、ラグビーフットボールの原点に立ち返ったかどうかという問題だ。

明日の試合は、プロ野球ヤクルト戦と「相互割引」となっている。ヤクルト戦の入場券を持参すると日韓戦の自由席が「無料」になり、23日に日韓戦の半券を持参するとヤクルト戦の外野自由席が「割引」となる。

何たる屈辱! 神宮と秩父宮・・・いくらお隣さんとはいえ、セ・リーグの野球相手に「無料」と「外野席の割引」とは・・・!!

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2006年3月17日 (金)

シーズンも終わりになると

◆マラソンもラグビーも、もちろんスキースケートもそろそろシーズン終了。WBCが終わったら、いよいよメディアの目はサッカーW杯に集中することだろう。

Jリーグが開幕したって? ううっ・・、世界的には「年金リーグ」と呼ばれているリーグの試合に、それほど見るべき要素もないし・・・。

選抜高校野球が始まる? んん〜っ、「青春」「感動」ですか・・? やってる連中の日頃とあまりにもギャップがありすぎて・・・ついていけません。

前回、びわ湖毎日マラソンに触れたので、マラソンシーズンの最後に、女子の名古屋国際女子マラソンについて。

折り返し直後に既に弘山に58秒という大差をつけて独走していた渋井陽子が逆転負け。弘山は、ぎりぎり間に合うだろうとの予測通り、41kmでの逆転だった。解説の瀬古氏は、途中ではっきり一度「逆転は無理」という表現をしたが、このレースには奇妙なことがいっぱいあった。

◆このレースは、渋井陽子のためのレースという位置づけだったと思う。少なくとも、中継する方ではそのスタンスで固まっていたはずだ。現に、30kmを過ぎても“快調に”飛ばす渋井に合わせて、中継も「歴史的瞬間が見られるかも知れません!!」と、絶好調だった。しかし、一体タイムの想定をどのあたりに置いていたのか。日本最高記録か、それとも大会新記録か・・・TV観戦している限りでは、大会新記録であったような気がするが、ならば「歴史的瞬間」とは何のことか?

渋井は、大阪国際の轍を踏むまいとしたのだろう、ペースメーカーを完全に無視した。一体、どういうタイム設定でペースメーカーをつけたのか。渋井のためのレースなら、主催者サイドと渋井のその種の基本的な打合せはどうなっていたのか、全く解せない。様子を観ていて、5km1650秒の設定かな、と思っていたら、渋井が無視して飛び出してしまった。1650秒の設定なら、レースタイムは2時間22分くらいになる。大会記録は、第21回大会(2000年)、高橋尚子の2時間2219秒だから、設定としては合点がいく。

◆渋井が飛び出して、なんだこりゃ、と思っていたら、二人つけたペースメーカーがまたひどかった。調べてみたら、一人はマラソンを走った経験がない。もう一人も2時間30分を切るのがやっとの選手。案の定、マラソン経験のない一人は、早々と“職場放棄”。残った一人が何とか最低限の義務を果たした格好だが、それもリズムを作るというところまではいかなかった。弘山は、そのペースメーカーとも若干距離をおいて、1650秒〜17分程度の自分のペースを守ったことが幸いした。

飛び出した渋井の1kmラップが、妙にガクガクと変動し、良くならない。(「実に安定した走り!」という中継にビックリする私)彼女は、何のためにペースメーカーを無視して飛び出したのか・・・20分を切る! というくらいのつもりではなかったのか!? 調子がよくないと分かったら、切り替えればいいのに・・・これなら、弘山が1650秒で刻んでいけば、25km1分の差があっても逆転の可能性があるぞ・・・案の定・・・。

◆つまりですね、このレースはいくつもの間違いやら、考え違いやら、皮肉やら、面白いことがいっぱい詰まっていたのです。このテの国際レースには、海外招待選手が出場する。今回も5人が招待されていたが、これがそろいもそろって「二流」どころばかり。自己最高が2時間25分を切っている選手が一人もいないのだ。では、国内招待選手は? 9選手が招待されていたが、25分を切る記録をもつのは、渋井・弘山・大南博美の3人だけ。30km過ぎまでは、見事にこの3人が、記録通りの順位で大きな差を保ちながら走っていた。一言で言えば、出場選手の平均レベルがかなり低い大会なのだ。こういうレースは特に、一人の看板選手に的を絞って運営するものなのだが・・・? 弘山がゴールした直後、中継現場もかなり混乱していた模様。途中まで、渋井、渋井できたものだから、分からないでもないが、そのシラケぶりが鮮明に伝わると、観ている方はもっとシラケる。翌日の朝ワイドで、ようやく『夫婦の感動物語』としてやたら盛り上げていたが、かなりタイミングがずれておりました。

◆その朝ワイドで“女子マラソンの権威”;小倉智明氏が、このコースは記録が出やすいように見えて出にくいコース、と言っていたが、これは正しくない。ほとんど平坦なコースで、この時期のこと、特に気温が高くなることも少ない。現に、今回もスタート時の気温は10.5℃、風速は1.8mという「微風」だった。(渋井は、81%という湿度を甘くみたのかも知れない) このレースで記録が出ないのは、出場選手のレベルに原因があるのだ。過去5年の優勝タイムは以下の通りだが、これだけでもレースの概観は伺い知れるのだ。

   第22回大会(2001年) 2時間2601秒(松尾和美)

   第23回大会(2002年) 2時間2535秒(野口みずき)

   第24回大会(2003年) 2時間2503秒(大南敬美)

   第25回大会(2004年) 2時間2357秒(土佐礼子)

   第26回大会(2005年) 2時間2419秒(原裕美子)

高橋尚子が2219秒という大会記録を出したのは、2000年の第21回大会。高橋はこれによってシドニー五輪の代表に選ばれた。その前々年、やはり高橋はこのコースで、2時間2548秒という当時の日本最高記録をたたき出している。記録が出ないのは、決してコースのせいではないのだ。

◆今回の弘山・渋井の23分台という記録はまずまずのもの。「マラソン」を走ったのはこの2人だけで、後は結果としての順位に惑わされてはいけない。もともと渋井という選手は、マラソンに適した体型ではない。一見「理想的なフォーム」に見えるようだが、カメラが横から撮ると判りやすいように、疲れが出るとたちまちピッチが狭くなる。テレビ観戦の場合に、見た目よりもはるかにスピードが落ちているというタイプの選手なのだ。一度だけベルリンという「特殊なコース」20分を切った実績で今回も「主役」にされたのだが、彼女にこれ以上の昇り幅はないとみている。たった一度だけ25分を切ったことのある大南博美のその記録は、ベルリンで渋井の2位に入った時のものであることを付け加えておく必要がある。弘山にもこれ以上の昇り幅はないが、彼女が折り返しで既にいっぱいだったこと、後半はとにかく我慢したことを正直に告白していたことが、やはりマラソンという競技のベースが「持久力」であることを証明していた。

◆それにしても、同じころ全日本実業団ハーフ(山口)を走っていた野口みずきさん。3度目の優勝はおめでたいが、中継アナみたいに「風が〜」「風さえなければ〜」の連発はみっともないです。あなたも、その「異常なフォーム」を直さないとトップにいられる期間は直ぐ終わると愚考する次第です。たかだかハーフで信じられないようなスプリットの大きな変動、全く定まらない身体の軸・・・WBCで三流審判に泣いた王貞治氏のコメントを参考になさっては如何でしょうか。

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